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 [chapter:第一話 ロボットの国から 
]

 ロボット。

 それは「精神の休息を必要としない存在」。

 ロボット、ひいてはAIが開発されて以来、ロボットテクノロジーは飛躍的に進歩し、遂にはロボットが自身でロボットを改良・生産するようになった。

 そして続々と産み出されていくロボットたち。

 彼らは人間の寿命を越え、様々な疫病を尻目に、遂には僕たち人間よりも巨大な文明を築き上げたのだった。

 西暦2075年。

 それが僕たちの生きる時代―――。


「…夢か」

 何と言うことはない朝。

 またあの夢を見た。

 昔の夢。

 母上は優雅なドレスを着ていて、僕は父の真似をして、社長ごっこ。土の中からガラスの破片やら、煉瓦やら、ダンゴムシやらを見つけては、自分の部下だと紹介した。母上は自分のドレスが汚れるのを嫌がりもせず、僕の遊びに付き合ってくれた。

 子供の頃の夢は嫌いだ。

 羨ましくなるから。

 悔しくなるから。

 「今」と見比べて、辛くなるから。

「おはようございます、ぼっちゃま」

 リビングに行くと、執事の田中が丁寧なお辞儀をした。ロボットとは思えないほど、人間そっくりである。

「おはよう。お客様?」

「いいえ、彼らはロボット学校から職業体験にいらした生徒です」

 田中の隣に、見知らぬ男女がいた。

 見た目は僕とそう変わらないが、ロボットなら、5歳だろう。ロボット学校の職業体験は、確か五年目に行われるから。

「初めまして、[[rb:琉架 > るか]]と言います」

「初めまして~☆ あたし、瑞穂って言うんだぁ。よろしくね!」

「よろしく」

「琉架君、瑞穂さん、この方が我々のお仕えする、[[rb:和亀 > わかめ]][[rb:和 > かず]]ぼっちゃまです。和亀[[rb:正 > ただし]]様のご子息であります。決して失礼のないように」

「承知しました」

「ベストを尽くしますぅ~!」

「ぼっちゃまも、そういう事ですので宜しくお願いします」

「分かったよ」

 琉架と呼ばれた少年は、田中と似てしっかりしてそうだ。瑞穂という女の子は、まさにその逆という感じで、なかなか心許ない。頭についてるリボン(センサー?)が、楽しげにピョコピョコ動くのがまた、不安感を煽る。広い屋敷に、ロボット三体と人間一人なんて。なんだか肩身が狭く感じる。

「二人は交互に、私とぼっちゃまに付いて下さい。本日は瑞穂さん、あなたは私に、琉架さんはぼっちゃまのそばで用命をこなして下さい」

「分かりました。学校にお供すれば良いのですか」

「学校は行ってない」

「では、和亀様は普段何をされるのですか」

「和亀でいいよ。まあ、ふらふらしたり、仕事探したりかな」

「職探しですね。失礼ながら、旦那様の跡は継がれないのですか、和亀ロボットカンパニーは」

「あんなのは妹とか、ほかに適任がいて、僕なんか全然ダメだからいいんだよ」

「和亀様がそう仰るなら」

「和亀。あと、敬語もやめてよ。同い年じゃん」

「同い年ではありませんが」

「見た目の問題だよ。君だって人間なんかに敬語使うの嫌でしょ?」

「とんでもございまさん」

「でも、これは主人の命令だと言えば、従わないわけにはいくまい?」

「お前な、仲良くするためにタメ口にしろって言うのに命令したら本末転倒じゃねーか」

「口悪いな」

「悪くて悪かったな」

 なんとなく、その方が彼らしいという感じもした。普段は飄々とした奴なのだろう。

 僕らはしばらく行きつけのハローワークで遊んだ後、行きつけの図書館で昼食を摂る事にした。

「ここが僕の憩いの場、ワカメダ市立図書館さ」

 外で館長が掃除をしていたので挨拶する。

「こんにちは、本間さん」

「やあ、和亀君いらっしゃい」

 琉架は、ディスプレイ用の食品サンプルをしげしげと眺めていた。

「図書館なのに、料理が飾ってある」

「ああ、カフェも併設してるから」

「あの料理は腐らないのか?」

「え? あっはははは」

 僕と同い年に見えるとはいえ、中身はまだ五歳。

「ははは…、あれはプラスチックだから、食べられないんだよ」

 ネットで知識を得られると言っても、本に載っていないことまでは分からないようだ。

「いつまで笑ってんだよ」

 僕はツボに入ってしまって、注文する時ですら笑っていた。

 求職場での成果は、当然、収穫はなし。自分にできる仕事なら、ロボットや機械(AIを搭載していないロボットの事)がとっくにやるし、今の時代、人間にしかできない仕事というものは存在しない。強いて言えば、生殖活動くらいだ。

「もう、嫁ぎ先でも探そうかな」

「就職もできない奴が結婚なんかできるかね?」

「してる人もいるじゃないか」

「そういう奴は本人に魅力があるんだよ。お前と違って」

「言ってくれるな…」

「お待たせしました、カフェモカです」

 見慣れない司書が、コーヒーを持ってきた。

 ライブラリーの図書はほぼ電子書籍なので、気兼ねなく飲食が楽しめる。

 ここはロボットの利用者も多い。今はインターネット経由で全てダウンロードできるとはいえ、重要な文献はまだ対面の手続きが必要だったりする。

 ここでお気に入りの小説を読むのが、僕の憩いの時なのだ。

「なにが『小説』だ。絵本じゃないか」

「絵本じゃない。確かにちょっと絵が多いだけで、絵本じゃない」

「好きにしな。ふぁ~あ、にしても、執事って退屈だなぁ。せめて俺も田中さんのほうにいたかった」

「琉架は、将来何になりたいの」

「べつに、何でもいいよ。やれと言われればやるし、やるからにはちゃんとやる。俺ってば、典型的なロボット気質なんだよね」

「そういうのって、今は差別って言わないの」

「自分で言うぶんには、良いだろ…」

 そう言って琉架は目を閉じたが、彼のことだから、仕事中に寝ているわけではあるまい。消費電力を抑えているのだろうか。

 そう言えば、図書館にも新しい顔が二人増えている。

 同じように、職業体験なのかもしれない。

 僕も学校に通えば、少しは違うだろうか。

 いや、だめだ。

 学校に行ったって、どうせいじめられるだけ。

 和亀家の落ちこぼれとか、和亀カンパニーの恥とか言われて、結局、傷つくだけだ。

 勉強は、田中が少しずつ教えてくれる。それが社会で何の役にも立っていないことはよく分かるけど、けど、そうするしかないんだ。

「大学かぁ…どうしようかな」

「大学の本をお探しですかぁ」

「えっ」

 突然、茶髪の男が独り言に割り込んで来た。

「琉架君がいるってことは~、あなたが和亀カンパニーの息子さん?」

「あ、うん」

「そうなんだ! もう一人瑞穂ちゃんっていう、すっごいかわいい子がいるでしょ? ボクのカノジョなんだ~」

「あ、そうなんだ」

 突然のコミュ強に、どうしたら良いのか分からない。確かに瑞穂と似たものを感じる。恋人と言うより兄妹という方がしっくり来る感じもした。

「どう? 瑞穂ちゃん、うまくやってる? 瑞穂ちゃんを泣かせたらボクが許さないからね~」

「おい、いい加減にしろ、[[rb:哉乞 > やこつ]]…和亀が困ってんだろ」

「あ! 琉架君きみ、雇い主を呼び捨てにして…クビにされるのでは!? クビにしちゃう!? 和亀さん!」

「しませんけど」

 この人、コミュ強って言うより、ただやかましいだけだな。

「お前の方こそちゃんとやってんのかよ」

「もっちろんですとも。ボクをダレだとお思いですか!?」

「お前がそう言う時はたいてい大丈夫じゃない」

「あっそんな事よりさ、聞いた? 殺人事件の話」

「殺人事件?」

 僕が声を上げた。

 ちなみに図書館では静かにしなければいけないとか、そういうルールは特にない。

「まぁ殺人事件って言うか殺ロボット事件なんだけど。学校で生徒が一人壊されたって」

「オレらの知ってる奴?」

「7組の[[rb:頭良林 > づらばやし]]って子。知ってる?」

「ああ、あのいけ好かない奴か」

「知ってるの?」

「いっつも『僕はロボット超えた存在になる』とか言ってた、ヘンな奴。嫌われてたが、壊される程とはな。なんで学校にいたんだ」

「そう、だから職業体験前に殺されたんじゃないかって」

「まぁ7組は血の気多いし、決闘でもしたんだろ」

 ロボットなのでこの場合、正確には「オイルっ気」と言うのだろうか。まあ、言葉と言うものは、使い手が変わろうと変わらないものである。

「それで、二人とも暇なら様子見てきてくれない?」

「なんで俺らが行かなきゃいけねーんだよ!」

「だってボクはここから離れられないし…なんか事件の匂いがするの!」

「電熱線でも焼けたんじゃないか?」

「いや、良いよ。ハローワークに行くのも飽きたし、ロボット学校って一度見てみたかったんだ」

「おお! さすが社長息子! 聞く耳がございますな」

「おいそういうのやめろ」

 琉架がすかさず止める。

「そう言えばぼっちゃま、夜己さんとは話しました?」

「和亀でいいよ。夜己さんて?」

「田中さんの妹さんですよ」

「え! 田中の妹!? 妹なんていたんだ!」

 この場合の妹と言うのは、同じ工場ラインで生産されたから…ではなく、人間と同じように親が同じなのである。親と言っても、設計者という意味でもない。ある意味ではそうだが、たいていのロボットは、人間と同じように、ふたつのロボットの特徴を兼ね備えて製造される。一方のロボットがもう一方のロボットの持つコードを読み取る(握手する)と、ランダムに融合されたプログラムの新しいロボットが誕生するのだ。もちろん双方の同意と、材料は必要である。材料がなくても、データだけをバーチャル世界にに送信すれば、仮想空間のみではあるが子供が作成できる。そうすることで人間と同じように、無限に進化していることが可能なのだ。これが、ロボット文明が開花した理由でもある。つまり妹と言うのはそのまま、同じ両親から生まれたロボットという事だ。

「おーい、[[rb:夜己 > やこ]]さん」

 向こうのカウンターで、髪の長い美人が振り向いた。彼女が田中の妹? 全く似ていないじゃないか(まあ、顔は作り替えられるが)。

 夜己と呼ばれた少女はおずおずとこちらへやって来た。そう言えばさっき、カフェモカを持ってきてくれた子だ。田中の妹だって言うなら、一言挨拶くらいしてくれてもよかったのに。

「あ…う、わ、わたし、夜己…よろしく…お兄ちゃんが…お世話になってます」

 彼女はしどろもどろにそう挨拶すると、軽く礼をしてからすぐにカウンターへ戻ってしまった。

「シャイなのかな?」

「お酒が入ると饒舌になるんですけどね」

 哉乞が補足した。

 当たり前だが、今の子もロボットだし、目の前の彼も、隣に座っている琉架も、家に帰ると待っている執事もロボットだ。

 確かあそこで料理をしているお姉さんもロボットだし、あ、館長は人間だったっけ。

 とにかく人間よりロボットの方が多いのが、現状だ。

「ロボットに生まれたかった。そうすりゃ長生きできたのに」

「食っていけなきゃロボットも人間も死ぬぞ」

 琉架が答えた。

「でもさ、ロボットは仮想空間で生きていけるじゃん」

「あれだって家賃が要るんだ」

「そうなの!?」

「お前の父親が運営してるんじゃねーか、知らねーのかよ」

「うるさい」

「ま、何でも良いや。それ食ったらさっさと行こうぜ」

「ま、待ってよ。ほら、ロボットだったら食事だってしなくていいしさ」

「充電は必要」

「排便もしなくていいし」

「部品が古くなったら取り替えるし、定期的なメンテナンスが必要」

「もう、もう、なんなんだよさっきから」

「そんなにロボットになりたいなら、今から行く学校に入学する?」

「そ、そんな事できるの!?」

「できる訳ねえじゃん、バーカ」

「バカ!? バカって言ったね!? 親にも言われた事ないのに!!」

 いや、よく考えたらあるか。と言うか、会うたび言われてたわ。

 まあとにかく僕たちは、琉架たちの通う「ワカメダロボティクスハイスクール」に向かったのだった。

[newpage]

ミステリを書くと思った?

残念!ミステリなんか書けるわけないじゃん!!


ロボットの子作りはキスの方がいいかなと思ったんだけど

ソンナ星人が握手でセックスできるというのは古来からの設定なので仕方ないね(何が)





[chapter:2話 僕たち、探偵にならない?]

 俺の名前は、琉架。

 私立ワカメダロボティクススクールに通う五年生だ。

 卒業前の職業体験で配属されたのは、和亀カンパニーの社長息子・和亀和の執事のところだった。

 そんなわけで俺は今、和亀と一緒にワカメダロボティクスクールに来ている。

 空を飛べるタイプのロボットもいるが、学生は禁止されているため、どのみち徒歩だ。

 連れて来たは良いが、あとからふと不安がよぎった。

 ――もしかしたら、まだ犯人が近くに居るんじゃないのか?

 もしそうだったら、万が一和亀になにか危害が加わったら?

 そして、そんな場所に連れてきた俺の責任は…

「おい、和亀やっぱ…」

「うわーーーっ!!! ここがロボット学校かぁーーー!!!」

 俺の初めての主人――和亀和は、初めての土地にはしゃいでいた。

 こいつはこれといって大した人間ではないが、俺も人の事は言えない。俺だって真面目以外、取り柄なんかないからな。

 私立ワカメダロボティクススクール。延べ面積36ヘクタール、収容ロボット数1000体。生徒のロボットたちはここで暮らし、様々な性能テストを受ける。晴れて問題がないと分かれば、卒業だ。卒業できなくても廃棄という事にはならないが、「[[rb:亜赦 > あしゃ]]」と呼ばれ、今後の社会からの待遇がまったく異なる。生きていくためには、必ず卒業しなければならない場所だ。

「ここは?」

「そこはグラウンド」

「あっちは?」

「体育館」

「あれは?」

「広場だよ」

 和亀は興味津々にあちこちを歩き回っている。まあ、はしゃぐ気持ちは分からないでもない。いろいろと気苦労もあるだろうし。

 少しくらい遊ばせてもいいだろう。

 そんな油断が仇となるとは、

 この時は考えもしなかった――。


「げっ、姉貴だ」

 殺害現場はすぐに分かった。うろうろしていたら、警察が集まっているのが見えたからだ。近付くと、警察に交じって姉の[[rb:楼華 > ろうか]]が立っているのが見えた。

「あら、琉架じゃない! こんな所で何をしているのかしら?」

「姉貴こそ、何してるんだ?」

「あたくしは[[rb:直也 > なおや]]様と一緒に、警察で職業体験ですわ。あなたは…ああそうそう、人間のお世話だったわね? おほほほ!」

「ボクとエンカウントするなんて、キミの弟とそこの人間は幸運だねベイビー」

 直也は姉貴の彼氏だが、どうも気に食わん。偉そうで、自分勝手だし、性格悪いし(まぁこれは姉貴もだが)、姉貴もただ自慢したいだけな感じがして…まあ他人の人間関係に口出しするつもりはないが。

「すまん、姉貴は性格が悪くてな」

「君も人の事言えないじゃん」

「何だと」

 騒がしいのを察知して、向こうから白い髪の女性がやって来た。

「楼華、直也。仕事中だ」

「あら、そうでしたわ。ではお二人とも、ご機嫌よう」

「あの~何があったんですか?」

 和亀が聞いてみた。

「関係者以外に教える義務はない」

「この方は資産家、和亀正氏のご子息です。怒らせて良いんですかね?」

「その手の脅迫には乗らんぞ」

 俺が試しに言ってみても、顔色一つ変えずに返された。まあ、表情はサングラスをしていてよく分からないが。

「ここから覗いてるくらいはいいでしょ?」

「好きにしろ」

 和亀の問いに答えた彼女は、楼華と直也を連れて仕事に戻っていった。

「あそこで取り調べられてるの、エトワだな」

「知り合い?」

「ああ」

 警察に尋問されている青年がエトワだ。変わらず長い紫の髪が表情を隠しているが、いつものようにふてくされているように見える。

「犯人なのかな」

「確かにアイツは問題児だからなぁ」

「エトワ君は最重要参考人ですわ」

「姉貴、俺らと話して大丈夫なのか?」

「だ~って、暇なんですもの。それよりお聞きなさい、被害者はロボット学校の生徒で間違いありませんわ。だけどなんと、ロボットじゃなかったんですわ!」

「え…じゃあ…アンドロイドとか」

 和亀が答えた。

「同じ事ですわ」

「ヒューマノイド」

「それも同じ」

「レプリカント」

「違うって!」

「じゃあつまり…人間だったってこと!?」

 和亀が驚いて俺の顔を見ている。

 さっき「人間はロボット学校の生徒になれない」と言った手前、責めているのだろうか。

「そんな事ってあるもんなの?」

「まぁロボットにも色々いるし、限りなく人間に近いロボットのふりをしてたのかもな」

「何で人間なのに、わざわざロボット学校に入ってたんだろう」

「何かのスパイ活動じゃないかしら?」

「ロボットになりたかったとか」

 直也が口を挟む。

「死亡推定時刻は2日前の5月18日午前11時前後。昨日の朝清掃員がゴミ捨て場で人が死んでいるのを発見。ほかの生徒は職業体験に出掛けていて学校はほとんど誰もいなかった。友達のエトワ君は職業体験をサボって宿舎に居たらしい」

「サボってた?」

「言ったろ、問題児だって」

「友達ってことはやっぱり、騙されてた事がショックで友情にヒビが入って喧嘩…みたいな?」

「ロボットだと思って接していただけかもしれない。人間はロボットに比べて脆いからな」

「いくら相手がロボットでも包丁で刺したりしないぞ、君ィ」

 直也が言った。

「被害者は制服を着ていた。刺されてから着せられたものではない。つまり被害者は職業訓練を放って制服で学校に登校したことになる」

「なんだ、うっかりさんだね」

「お前みたいだな」

「何だって」

「職業訓練に出ている生徒はアリバイがあると言うことになるな。まあエトワで決まりだろう。全く嫌だね問題児と言うものは。学校の評判にも関わる」

「問題児はお前らだ」

 直也と楼華の後ろに、例の刑事(?)が鬼の形相で立っていた。

 真面目そうな人だし、この二人にはかなり手を焼きそうだなと、彼女に僅かながら同情した。

 今思えば、エトワに会ったのもこれが最後だった。

「でもさ、親とかさ…先生とか…メンテナンスとか…やっぱりバレるよね?」

「先生は知っていたのかも知れないぞ」

 俺たちはついでに、頭良林の体験先を掲示板で確認してみた。すると地下鉄の駅という事だったので、帰りに立ち寄ってみようという事になった。

 駅は広く、どこに居るかも分からないもう一人の体験者を探すのには骨が折れたが、和亀が珍しく(?)粘った。

「もう少し探してみようよ」

「お前、熱心だな。まさか探偵になろうとか思ってんじゃねーだろうな?」

「えっ? そ、そんなわけないじゃん、ははははは」

 セントラル駅のもう一人の体験者は[[rb:賈 > あきない]]と言う奴で、死亡推定時刻の時は駅で仕事をしていたと言う。

「駅から学校までは徒歩15分くらいだけど、さすがにバレるよね」

「周りの人に聞いてみれば、30分くらい居なかった時間があるかどうかすぐに分かるよ」

 言われた通り周りに聞いてみたが、確かに駅員にべったり張り付いていたいたので、30分も姿を見なかったことはなかったという事である。

 日も暮れてきたので、俺たちは家に帰ることにした。

 帰ると瑞穂が家をメチャクチャにしていて、田中も呆れていたところだった。

「申し訳ございません、ぼっちゃま。私が夕食の準備をしている間に、掃除を指示したのですが」

「ご、ごめんなさい…掃除道具がたくさんありすぎちゃってぇ…余計散らかっちゃったみたいですぅ…」

「いや、ご飯があるなら良いよ。逆だったら大変だった」

「許してくれるんですかぁ?」

「まぁ、田中が許さないだろうけど」

「瑞穂さんは夕食後に指導します」

「ううう…」

「そんなことより、その制服、ステキだね」

 瑞穂の顔がぱあっと明るくなった。

「そうなんです! お店で買ってきたんですぅ~♪ メイドさんみたいでしょ?」

「うん、可愛いね」

「今日から毎日、これでお仕事するんだぁ~っ♪」

 はぁ…瑞穂とは同じクラスで多少の面識はあったが、この女、俺が一番嫌いなタイプだな。叱られてると言うのに全く反省してないし。しかも、メイド服なんか買って。いつ買ったのか知らないが、服なんか仕事に全く関係ないだろうに…。

「制服…? そうか!」

「え、どうしたの」

「和亀、犯人が分かったぞ」


 俺たちが再びセントラル駅に向かうと、楼華が一人で来ていた。

「あれ、姉貴、一人か」

「私、犯人が分かりましたの。犯人は賈君ですわ」

 楼華がそう言った時、丁度賈が仕事を終えて出てきた。

「あ、楼華君。さっきも刑事さんと一緒に来てたよね。琉架君も。何か忘れ物?」

「あたくし、犯人が分かったので報告に来たのですわ。犯人は…賈君、あなたですわね!?」

「ええ? 僕が? またどうして?」

「御覧なさい、このダイヤ表。セントラル駅からワカメダロボティックスクール駅まで、普段は20分掛かりますけれど…午前10時42分の電車なら15分で! 往復で20分で行けますわ!」

「…片道15分の往復は30分だけど」

「そうでしょうやっぱりあなたがはんに…え? あれ?」

「ぷっはははは、キミ、足し算もできないのかい?」

 姉貴を馬鹿にして噴き出して笑う賈に、さすがの俺も怒りを覚えた。こいつの鼻を開かしてやろう。

「なんだ? キミも僕が犯人だって言うのか? 僕はずっと駅で働いていて、一昨日の午前10時には学校にいなかったぞ」

「駅員って、制服を着るよな」

「何だよ、突然」

「あんたは駅に制服で来るように言われたと、間違った情報を頭良林に流したんだろ? そうすればここで犯行に及んでも辻褄が合う。殺した後、いつでもいいから死体を学校に運べばいいだけだからな。お前のアリバイは崩れるよな」

「す、すごい! 確かに、駅員なら制服で来いって言われてもおかしくない。斗紋、名探偵みたいだ!」

「…ア、アリバイが崩れただけで犯人扱いする気か? だいたい僕が頭良君を殺す必要があるのか? 僕と彼はただのクラスメートだ、殺す理由なんかないさ」

「そう、殺す理由なんかない…知ってはいけないものを知ったのでなければな」

「は?」

 確かに奴には証拠がない…けどまあ、試してみるか。

「お前、人間だろう」

「!?」

「人間だとバレたので、頭良林を殺した。違うか?」

 賈は唖然とした顔で俺を見た。そして、さっき姉にしたような顔と声で笑い始める。

 クソッ、失敗か…。

「アハハハハッ!! ぼ、僕が人間? そんなバカな!! 頭良林じゃあるまいし、人間がそんな何人も居てたまるかよッ!!!!」

「おや? おかしいな。頭良林が人間だって事は、警察しか知らないはずだけど?」

 そう俺が言った瞬間、水を打ったように静かになる賈。

 顔はオイル不足でかすかに青くなっていた。

「知るタイミングがあったとすれば…もしかすると…ナイフで刺して…彼から赤い血が流れた時かな?」

「…ッ!!!」

 賈はその場に崩れ落ちて、言った。

「…そうさ…俺が殺した…」

「な、なんでそんなことを…」

「学科試験でアイツにいつも負けるのが許せなかったんだ…ちょっと懲らしめるだけのつもりだったのに…まさか…まさか人間だったなんて…」

「悪意があったことは変わらない。反省するんだな」

 こうして俺たちの初日は幕を下ろした。

 夕焼け空はいつの時代も変わらず、人をなつかしい気持ちにさせる。

「でもさ、ロボット学校に通ってた生徒がいたんだから、やっぱり通えないことないんじゃないかな?」

「ロボットの学校だから、トイレなんかないぞ」

「…ほら、ロボットとか人間とか、差別ってよくないと思うしさ」

「和亀、もう一度言うぞ。学校にはトイレがない」

「…頭良林君はどうしていたんだろうか?」

「オムツでもしてたんだろ」

 図書館の前を通ると、楼華と哉乞が話しているのが目に入った。俺は図書館によく来る方だが、姉貴が図書館に居るのを見たのは初めてだ。

「この本の意味が分からないのですわ」

「え、これはちょっとあなたにはレベルが高すぎるんじゃ…」

「うるっさい! アンタは聞かれた事に黙って答えれば良いのよ!」

「ス、スミマセン!」

「姉貴、お疲れ」

「る、琉架!? こ、ここで何していますの!?」

「何って別に」

「勘違いしないで。ち、ちょっと確認しに来ただけですわ」

「あ~はいはい。俺たちは帰る所だから。じゃあな」

 どうやら姉貴は、勉強しに来たらしい。姉貴は自信過剰なふしがあるので、弟としても嬉しいことだ。

「…けど、驚いたな。ロボットは計算なんて、間違えないと思ってた」

「知識は幾らでもインターネットからダウンロードできる。例えば15って数字が意味するものとかはな。けど、それをどうやって足したり引いたりするかは、自分で考えなくちゃならない。姉貴はそういうの苦手だからな」

「なんだか人間みたいだね」

「ま、哉乞は教えるの好きだし、問題ないだろ」

「それにしても、さっきの琉架かっこよかったな。」

「『友達だから人間だって知ってた』、とか言われてたらアウトだった。脆いハッタリだったな」

「いやいや、琉架といれば、探偵になれるんじゃないか!? ね、僕と探偵にならない?」

「断る。永遠にお前のお守りは勘弁してくれ」

「ちぇっ…」

 たしかにコイツの将来も心配だが…、

 俺も俺自身で、自分の道を見つけなくちゃいけないな。

[newpage]

ミステリー書きたくね~ムリ~






[chapter:3 記憶の中のあの人]

 最近、例の嫌な夢を見ない。

 琉架や瑞穂さんが来て生活が賑やかになったのもあるし、この間なんて、琉架と一緒だったから、とても面白い経験ができた。そして何より…、

「和亀くん、おはよー♪ 今日もとってもいいお天気だよー♪」

 そう言いながら元気よく部屋のカーテンを開ける瑞穂さん。

「ふぁ…、お早う、瑞穂さん」

 それに挨拶する僕。

 メイドさんのいる生活も、悪くないと思えてきた所だ。

「あのさ、ずっと気になってたんだけどぉ」

 食事のとき、そう瑞穂さんが切り出した。ロボットたちは食事を摂らなくても生きていけるが、摂食機能のあるロボットは多い。例えば料理ロボットなどは、味を判断できなければならないからだ。それにグルメはまた、ロボットの間でも楽しまれている。瑞穂さんと琉架にも摂食機能はあるようだが、二人とも今は充電のみしている。この時間に充電するのは、僕に合わせてのことだ。

「どうして和亀くんはこの屋敷で一人暮らしなのぉ? 旦那様と一緒に暮らさないんですかぁ?」

 この…天然ロボットめ…

「おいよせ、馬鹿。家庭には色々な事情があるんだよ」

「あっすっ、すみません! 出過ぎたことを聞きました!!」

 瑞穂さんが敬語で謝る。彼女は普段、敬語で話そうと努力しているようだが、かなり不安定だ。

 話しても良いだろうか? まあ、ロボットだし、良いか…。僕はなるべく重くならないよう、軽い口ぶりで話し始めた。

「僕は隠し子なんだ」

「へぇ、隠し…えっ!?」

 瑞穂さんが絶句する。

「隠し子と言っても、知らない人はいない。今の世の中、隠し事をするのは中々難しいからね。要するに本妻の子じゃないって事。お父様も大変な時期で疲れてたんだと思う」

「そんな…」

「最初はここでお母様と田中と3人で暮らしていたんだけど…10年前に出て行っちゃって、今は行方知れず。だから僕と田中だけで暮らしてるんだ」

「そんな…」

 軽く話したつもりだが、彼女の顔はだんだんと真剣なものになっていった。

「つまりそれって…駆け落ちですか!?」

「え、駆け…!?」

「すごぉ~い! ドラマみたいですぅ~!」

 女の子って、人間もロボットもみんなこうなのだろうか。って、そんな訳ないか。それでも、うちにはいないタイプだったので、なんだかくすぐったい感じだ。

「いや、駆け落ちとは誰も言ってないから。ただ出て行っただけで」

「まあ、風評に耐えられなかったんだろうな」

 琉架が知ったような口ぶりで答えた。コイツの言い方は飄々としていて、ときどき癪に障る。

「でも、悔しいですぅ…そんなことで一人ぼっちなんて…そうだっ! 琉架くん、あたし達で和亀くんのお母さんを探」

「イヤだ。誰がそんな事するか」

 瑞穂さんが言い終わらないうちに、ぴしゃりと琉架が言い放った。

「なんでそんなこと言うのっ!? こんな…こんなに面白そうなのに!!」

「ちょ、違うだろそこは」

 僕が必死に突っ込む。

「まあ…、和亀が探せと言うなら探すけど?」

「え…」

 確かに、お父様は今まで、お母様を探そうともしなかった。僕も僕で嘆くだけで、探そうなんて、本気で考えたことは一度もなかった。

 僕のお母様。本妻のお母様みたいに厳しくなくて、僕をのけ者にしないで、優しくて、何でも話を聞いてくれて、何でも認めてくれて、辛い時には慰めてくれるお母様。会いたい。会ってどうするのかは分からないけど、とにかく、あれからの僕はずっと心にポッカリと穴が開いてしまったように虚しくて、それは、お母様が帰ってくれば、解決するような気がした。

「見つかるものなら、探してもらいたいよ…」

 僕がそっとつぶやくと、食卓は厳かな空気に包まれてしまった。

「…では、瑞穂さんとぼっちゃまで探されたら宜しいんじゃないですか? 今日は瑞穂さんが『ぼっちゃま担当日』ですから。」

「わ~いっ! 楽しそう~! ねえねえ和亀くん、まずはどこ探す?」

「え、うーん…警察かなぁ」

 警察に捜索願を出せば、見つけてくれるかもしれない。

 そうだ、警察と言えば、またあの三人に会えるかな? 

「警察署に行くなら、図書館にも行かれますか?」

「え、うーん、どうしようかな…」

「近いんですから、ちょっと寄っていただけませんか。それでこれを岡崎様にお渡し頂けないでしょうか」

 そう言って田中が、大きなバスケットを手渡す。これを持ち歩けと言うのだろうか。

「なんだ、これ。葉っぱじゃないか」

「今朝、庭で採れたニワトコの新芽です」

「庭のニワトコ」

「いつもぼっちゃまがお世話になっているお礼にと。あと、妹も」

「ああ、夜己さんか。わかったよ」

 岡崎さんというのは、ワカメダ市立図書館の司書さんである。併設カフェの調理担当でもあり、料理の腕は評判だ。田中とは読書仲間でもある。

 警察では、結論から言うと、管轄が違うのか、楼華たちには会わなかった。

 要約すると、「大の大人の一人や二人居なくなったからっていちいち探してられるか」といったような感じで、まったく取り合ってもらえなかった。

「せっかく面白いことが始まりそうだったのに~」

 瑞穂さんは、僕と違って明らかに落ち込んでいた。

「まあ、そんなもんだよな。分かってたことだけど」

 僕も、二度とお母様には会えないとだめ押しをされたようで、胸糞は悪かったが、もう慣れたことだ。

「だけど、和亀君のお母さんは良い人だね」

「良い人? どうしてさ? 子供を置いて出て行ったような人なのに」

「だって、もし悪い人だったらさ、和亀君をダシにして、成り上がろうとしてるもん。和亀君を利用しようとしないんだから、いい人だよ」

 いい人…。

 確かに、僕の記憶の中のお母様は、すごく優しくて。

 だからこそ、捨てられた事が苦しくて、悲しかった。

 記憶の中のお母様は、もうこの世にいないんだと、ずっと思ってた。

 だけど、本当はそうじゃないのかもしれない。

 僕はそう思いながら、コーヒーをすすった。

 うん、やっぱりここのコーヒーは美味しい。田中も「どこよりも美味しい」って言ってたし。

 中庭に木漏れ日が落ちて、和やかな気持ちになる。今日はもう、ずっとここに居よう。

「瑞穂ちゃ~ん!! 来てくれたんだね!!」

「哉乞くん!! 会いたかったぁ~」

 ああ、だめだ。ここはだめ。と言うか、やっぱり来るんじゃなかった。

 ここに瑞穂さんを連れて来ればこうなる事は、まあ、100%分かっていたのだけど、今日は仕方なかった。

「お、おい! 二人とも、仕事中だろ!?」

「いじめられてない?」

「大丈夫~! でも、慰めて?」

「よしよし」

 聞こえてない!

 二人でイチャイチャして、目も当てられない!

 僕は真っ赤になって、コーヒーをゴクゴク飲み干した。

 ロボットも人間も、愛情表現にあまり変わりはないな。などと逸れたことを考えることで気を紛らわせた。

「和亀くん、さっきはニワトコありがとうね」

 二人を叱ることもなく、さらりと岡崎さんが来て言った。彼女はこの図書館の司書で、人間の館長を支えるチーフのような役割をしている。作る料理も、淹れるコーヒーも美味しく、聞けば何でも答えてくれるやり手の司書さんだ。田中の料理も美味しいけど、岡崎さんのほうが柔らかい印象があるので、田中と替わってもらいたいくらいだ。

「いえいえ、どうせ余ってる土地で勝手に生えてるだけなんで」

「そんな、香り高くてとっても綺麗な色だわ。きっと田中さんが丁寧にお世話してるのね」

「そうですぅ~、庭のお手入れもメイドのお仕事ですよぉ~! 庭のニワトコ! プククク」

「良かったらまた来てね、ニワトコティーをご馳走するから。哉乞君はサボった罰に、今日の掃除担当ね」

「ええっ!?」

「そうだ岡崎さん、人を探すのにいい方法って、何か知りませんか?」

「人探し? 人探しをしたいなら…探偵に頼んだらどうかしら」

「探偵…」

「その手がありますよっ、和亀さんっ!!探偵…美人の依頼人…深まる謎…巧妙な罠…パーティーの始まりだねっ!」

 瑞穂さんが前のめりで突っ込んでくる。この子は本当に、人生楽しそうだな。

「美人の依頼人って誰」

「嫌だな和亀さん、目の前にいるじゃないですか、ミステリアスでキュートなメイドさんが」

「キャー、哉乞君、キュートだなんて、ホントの事言わないでぇ~」

「さあ、そろそろ行くか」

 居たたまれなくなった僕は、早々に席を立った。疲れたし、今日はもう帰ろう。帰って琉架と喋りたい。彼と話してると、少しは気持ちが楽になる。田中と似ているからだろうか。

「えっ待ってよ~和亀君、まだ話は終わってないよぉ~」

「話って言ったって、探偵の知り合いなんていないよ」

「探偵…そう言えば妹と[[rb:遊気 > ゆうき]]さんの職業体験先が、探偵事務所じゃなかったかな」

「ゆ、遊気さん?」

「そ。名前は確か…青柳探偵事務所」

 それを聞いた岡崎さんが驚いた。

「青柳探偵ってあの有名な、名探偵ブルーウィロウ!? そんな所に派遣されるなんて、凄いのね、その子達」

「遊気さんはここのコーヒーが好きでよく来るから、お二人とも知ってると思いますよ。ボクと夜己さんと琉架さんと遊気さんは幼馴染なんです。遊気さんは運動も勉強もすごくできるし、妹も優秀だし、僕たちの知り合いだって言えば、きっと力になってくれると思いますよ」

「行ってみましょう、和亀くんっ!」

「あ、うん…。」

 僕らが腰を浮かせると、哉乞が口を開いた。

「そうそう、探偵と言えば…」

 まだ喋る気なのか、コイツ。座り直す僕たち。

「この間の斗紋さんのお手柄、噂に聞きましたよ! 何でも名探偵顔負けだったとか! あぁ~僕も見てみたかったなぁ~」

 相変わらずこの人は耳が早いと言うか、噂好きだなぁ。

 聞きましたって言うか、自分で聞き込んだと言った方が正しいのだろう。

「僕も探偵は向いてるって言ったんだけどね」

「あたしも見たかったな~」と、瑞穂が言う。

 あれ以来、楼華という人も、勉強に力を入れてるみたいだし。

 今日も部屋の隅っこで、本と格闘したり、司書を呼んで質問したりしている。

 真面目と言うよりは、負けず嫌いと言った方がいいのだろうか。

「哉乞、大丈夫? ちゃんとやっていけてる? 結構キツいお客さんとかもいるでしょ」

「あはは、大丈夫ですよ、基本的に喋るのが大好きなので」

 確かに、哉乞はいつも楽しそうだ。

「夜己さんも普段からこの位喋ればいいんですけどね…けどね、聞いてくださいよ、この間新しく入ったジャックドメリアルを開けたら、ロボットにも強かったみたいで…最終的にはボトル持って机の上に乗って叫び出したりしちゃっておふぅ」

 そう哉乞が言った瞬間、どこに居たのか夜己のボディブローが哉乞のみぞおちにクリティカルヒットした。

 片手にトレーを持ちながらの、安定感のあるパンチであった。彼女はそのまま何事もなかったかのように涼しげな顔で、「お待たせしました」と、お客さんに給仕をしている。

「ま、とにかく、事務所はここから近いから、行ってみたら…じゃあ僕はこれで」

「あ、うん、お大事にね…」

 彼女は怒らせない方が良いかもしれない…。

 だけど、と僕は思った。

 お母様を見つけて…、僕はどうしたいのだろう。

 どうして出て行ったのかを聞く? 聞いてどうする。

 本当に駆け落ちだったら、お母様の幸せを邪魔することになるじゃないか。

 僕はただ、会いたいだけで、それは別に、なんの意味もない行為のように思えた。

 そんな事をする為に、ほかの人を振り回しても良いのだろうか。

 僕はどこまで、人に甘えれば気が済むのだろうか。

「遊気君ってね、カッコよくて、スポーツもできて、すっごいモテモテなんだよ~」

「へぇえ~」

 運動も勉強もできる…琉架みたいな人(ロボット)かな?

 会ったことがあると言われても、図書館に来る客の事なんかいちいち覚えていないし。

 この時はまだ遊気という人のことを、僕は分かっていなかった。

 まさか、あんな事をする人だったなんて…。

「青柳探偵事務所」は、港町の高台の教会近くにあった。

 この辺りは風情のある町並みが多いから、観光客で賑わっている。

「ごめんくださーい」

 テイラーの上、とある雑居ビルの二階に事務所はあった。ちなみに三階はビリヤード場のようだ。

「誰も出ませんねぇ」

「大体こういう時は寝てるんだよ。ごめんくださーい!!」

 僕がさらに大きな声で呼び掛けながらドアを叩くと、ギイと扉が勝手に開いて、ドアの隙間からするりと猫が抜け出した。

「あ、猫」

「きゃわわわ、わ、和亀くん、ゆ、床!!」

「え?」

 見ると、部屋に男が立っている。男の足元にはもう一人、倒れている男が。

 床には鏡の欠片が散らばっており、そして広がる赤い血液…。

 男がこちらを向き、僕たちをギロリと睨み付けた。その目は獲物を狙うように鋭く、僕らはその場から逃げることも忘れてしまった。

 ああ、愛するお母様…。

 僕はもう二度と、あなたに会えないかもしれません。






[chapter:4 怪しい動き]

 よく見れば、僕はこの人(ロボット)を知っているような気がする。

 がっしりした体つきに、鋭い目と精悍な顔つき、さっと浅黒く焼けたような色のボディ。

 図書館に居るには少々場違いな気がして、何度か目で追ったことがあった。

「…って、遊気くん!?」

「ん、瑞穂か」

 つまり、この人が例の遊気という人…。

 えーと、だから、つまり…、

 話が全く見えてこない。

「何しに来た」

「えっと、僕たちはここの探偵さんに依頼をしようと…」

「今、取り込み中だ」

「そ、そうだね。じゃあ僕たちは出直して…」

「待て」

 遊気の冷たく低い声が、否応なしに僕らの足を止める。

「もうお前らは事件に関わっている。今出ると危険だ。お前らが…加害者の可能性もあるしな」

「か、加害者って…遊気君がやったんじゃないの、その人!?」

「違う。俺が来たときにはもう既に死んでいた。まあ、入れ」

 どれだけ友好的に言われても、死体のある部屋に入れと言われて入る気にはまったくなれないが、今日の場合はどれだけ乱暴に言われてたとしても、従うしかないのだろうな。

 遊気という青年は、死体を目の前にしても全く動じず、僕たちをギロリと睨み付けていた。誰だ? イケメンのモテモテとか言った人は。屈強な体つきをしていて、どう見ても犯人という感じだった。どう見ても人を殺した犯人が、目撃者である僕らを監禁しているようにしか見えない。と言うか、実際その可能性が物凄く高い気がしているのだが…。

「それ、人間なの?」

「だろうな」

「おいおい、何だこれは。血生臭いな」

 外から、男の声が聞こえた。彼はタバコを吸って、同じようにフードの付いたパーカーを着ている。血生臭いと彼は言ったが、かすかに鉄臭い臭いと、タバコのものなのか、甘いにおいがするだけで、特に強い臭いがするわけではない。きっと、比喩のようなものだろう。

「おちおち、パチンコにも行けねーな、これじゃあ」

「青柳さん、この男は」

「遊気、お前がやったのか」

「違います」

「ああ、こいつは情報屋の[[rb:秦 > そう]]だな。すっかり死んでるねえ」

 まるで冷蔵庫の奥から、すっかりカビてしまった海苔を見つけたような物言いだった。

「俺が来た時には、もう誰も」

「まあ、大方組織の奴だろうが」

 どうしよう。

 間違って違うジャンルの小説に入り込んでしまったみたいだ。

 帰りたい。ワカメダニュータウンに帰りたい。

 ちょっと抜けてるラブコメの世界に帰りたい(そんな世界だったっけ?)。

 横にいる瑞穂さんをちらと見てみたが、彼女もそんな顔をしていた。

「えっちょっと、何これ!? 何で倒れてんの!? 死んでるの!?」

 僕が心の中でべそをかいていると、もう一人少女がやって来て言った。赤い髪を二つ結びにしていて、猫目の特徴的な少女だ。今までの新キャラの中では、いちばんまともな反応をしている。彼女が哉乞の妹だろうか? それだけで親近感が沸き、少し救われた気持ちになった。

「どうも組織の奴に殺られたらしい。だが、情報屋だから、あちこちの組織に恨まれてるだろう。さて、どこの組織かな。」

 青柳と呼ばれた男性はそう言ったが、動こうとせず、ドア付近につっ立っている。遊気を試しているのだろうか。

「右手で鏡の破片を持ってます。あと、右目に絆創膏が」

「目に絆創膏? 怪我でもしてたのかしら」

 哉乞の妹(?)が言う。

「いや、見た感じ何もないけど」

 死体に勝手に触るのは危ないのだろうが、彼らはロボットだから良いのかもしれない。

「手に鏡、か…そう言やあ秦の奴は、鏡文字で暗号を作るのが好きだったな」

「鏡文字…じゃあ、目を鏡文字にすればいいのかしら」

「意味が分からんぞ」

 遊気がつぶやく。

「目に関係するもので何か鏡文字で読めるものはないの?」

「目、瞳、瞼、睫毛、瞳孔、虹彩…」

「虹彩(iris)は鏡文字で『siri』にならない事ないわ」

「『シリウス』という組織がありますよね、青柳さん」

「きっと亡くなる直前に、体のどこかの絆創膏を剥がして目に貼り、鏡を割って欠片を握ったのね!」

 二人のやり取りをにやにやしながら見ていた青柳は何も言わずに、代わりにひと息ついてから言った。

「[[rb:風杏 > ふうあん]]、警察に連絡しとけ」

「了解」

 風杏と呼ばれた女がウェーブで通報している。

「で、依頼って? 和亀和君」

 探偵は、フーッと煙草を吐きながらソファに座り込んだ。

「え? あ、あの、何で僕が和亀和だって…」

「セレブの顔と名前を覚えるのも、探偵の仕事なんでね」

「は、はぁ…」

 僕は正直とにかくもういっぱいいっぱいで、とにかく帰りたい気持ちでもうとにかくいっぱいいっぱいだった。

 しかしこの人は、死体が転がっているすぐ近くで、警察が来る間のちょっとした時間で、サクッと依頼を受けようとしているらしい。

 そのくらい簡単に解決できるという事なのだろうか。それとも、見くびられているだけなのか…。

「ほう、母親探しか」

 彼は相変わらず、タバコをくゆらせている。臭い。人間の僕には、有害なんだけど…って、この人がロボットかどうか、まだ分からないけど。

「僕の母上が10年前に突然いなくなって…いなくなった理由と、今どこにいるかを調べてもらいたいんです」

「そいつは出来ないな」

「え、どうして」

 彼は、二本目のタバコに火を付けた。正確には、今日の何本目かは知らないが。ライターをテーブルに放ってから言った。

「口止めされてるからさ、本人に」

「えっ!?」

「探偵さん、和亀くんのお母さんの居場所を知っているんですか!?」

「まあ、比較的有名な事件だし、噂も入ってくるからな。そうだな、少しくらいなら教えてやる。アンタの母親は、元気でやってる。結婚はしていないし、子供もいない。それから…」

「それから?」

「探さない方がいい。俺からは以上だ」

 探さない方がいいって…、何かひどいことに巻き込まれているのか?

 僕は、母上のことをよく知らない。どんな人で、どんな事が好きなのかも。

 だけど、もし会えるなら、そして母上が一人でいるのなら、それがどんな状況であろうと、僕は母上と二人で生きていたい。

 いつ、父上からの仕送りが切られるかわからない。

 それまでにこの命を、母上を助けるために使うと誓う。

 待っててね、母上。

 僕がきっと見つけ出してみせる。

「今日はここまで。猫も一匹紛れ込んでるようだしな」

 猫?

 猫が嫌いなのかな、この人。

「口止めされてるって事は、知り合いなんですよね?」

「ああ、そうだ。彼女は」

 青柳が言い掛けたとき、パトカーのサイレンが聞こえてきた。バタバタと二階にかけ上がる音と、猫の鳴き声も聞こえる。

 せっかく、いい所だったのに…。まあ、またあとで聞くことにしよう。

「またユーか、青柳探偵!」

 真っ先に登場したのは直也だ。どうやら来たのはあのサングラスの刑事らしい。

「遊気君、まだこんな所で遊んでるのか。ここは学生の遊び場じゃないんだぜ」

「俺が見つけた」

「何!? そんな事言って、お前が殺ったんじゃないだろうな!? 殺し屋みたいなカオしてからに」

「顔は関係ない」

「騒ぐな、ガキ共」

 コツコツと革靴の音がして、軍服のようなタイトな制服を着た例の刑事と楼華がやって来た。

 先日は気付かなかったが、刑事は右の腰に電磁波抑制銃を携帯している。

「お前が第一発見者か」

 刑事が遊気に言った。

「ああ。右手で鏡の破片を持っていて、右目に絆創膏が貼ってある」

「絆創膏? ははっ、ものもらいでも作ったかな」

「剥がしてみたが特に異常はなかった」

「おい! 死体に勝手に触るな! それは警察の仕事だ」

「お前、警察向いてるんじゃないか? 偉そうに吠え回る所なんか、そっくりだぜ」

「この…」

「よしなさいよ、二人とも」

 遊気と直也の喧嘩を、楼華が珍しくぴしゃりと言い放つ。先日の一件で、少し反省しているのだろうか。

「それで、犯人は分かったのか? 探偵気取りの学生さん?」

「探偵気取りじゃなく、今は探偵の助手だ」

「犯人は『シリウス』の奴らじゃないかって」

 風杏が言う。

「シリウス?」

「マフィアの一つだ」

 直也の疑問にビノが答えた。

「ふむ、確かに奴らは最近動きが怪しいからな。何か企んでるのかも知れん」

 ビノが納得しかけたのを見て、青柳が口を開いた。

「そうか、ビノは目が悪いんだったな」

 え? と、その場にいた全員が聞き返した。

 まるで、ビノが遊気たちの間違いを指摘してくれると思ったが、そうではないので、なぜだろうと思ったといった感じである。

 遊気も改めて死体を見た。確か遊気は、頭が良いって哉乞が言ってたけど…。

「顔が薄い桃色をしている。これは青酸性毒物の特徴だ。時間が経って、ほぼ分からない程度だが」

 遊気がつぶやいた。

「青酸…」

 僕も聞いたことがある。ミステリーで定番の毒物だ。むしろ、ミステリーと言えば青酸カリ…みたいな所がある。そんな、ミステリー小説みたいなことが現実にあるなんて…僕はますます絶望した。

「毒殺となると、マフィアの線は薄いかもしれんな。」

 青柳がタバコをくわえたまま言う。分かっていましたと言う顔で。

「つまり、毒で殺した後わざわざ殴って、『シリウス』の仕業に偽装したって事ですか?」

 風杏が聞いた。

「もしそうなら、秦の暗号のクセまで知ってる近しい奴か、それともそんな事まで調べ上げるようなプロか、って事になるが」

「その道」

 タバコって、どういう味がするんだろう。彼がうまそうにタバコを吸っているので、つい考えてしまった。そう言えば、お父様もタバコを吸う人だな。大人ってどうして、タバコなんか吸うんだろう。かっこいいからだろうか。

「『殺し』のな。お前ら、今日はもう帰れ。どうせこんな状態だ、しばらく依頼人も来れねぇし、学生に何かあっちゃ困るからな」

「出て行くのはお前もだ、青柳」

 ビノが仁王立ちで答えた。

「ここは俺の家だぞ?」

 青柳が手を広げてとぼける。

「ここは現場だ」

「大した事件じゃないんだ。自分の家でゆっくり寝かせてくれよ。それより、今度メシでもどうだい、ビノ」

「人間のメシを食う趣味はない」

「つれないな。一生独り身でも知らんぞ」

「こそ泥一人捕まえられん奴に言われたくないな。運べ」

 ビノという刑事は、直也と楼華、あとから来た別の制服の警察たちにそう指示した。なんだ、直也たち、敬礼、サマになってるんじゃない?

「今日中に捜査を終わらせろ。遊気」

 唐突に、ビノが遊気を見やった。

「青柳探偵にくれぐれも迷惑は掛けるなよ」

「…うっせ」

 ん? この二人、知り合いなのかな。

 まあ、いいや。僕はそんなことを考えている場合ではなかったし。

「お前ら、ビノの素顔を見たことあるかい?」

 調査が一通り終わり、ビノが居なくなってから、青柳が何気なく聞いた。

 彼はまたタバコに火を付けている。

「え? いいえ」

 風杏が答えた。

 それにしてもこの人は、タバコがないと喋れないのだろうか。

「拝んでおいて損はないぜ」

「あの、青柳さんは…ロボット、ですか?」

 僕がずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。

 綺麗な機械の肺か、それとも人間の汚れた肺か、

「さあな、どっちだと思う?」

 どちらかから吐かれたそれで、僕の質問はけむに巻かれてしまった。

 前回の一件もあるし、人間は結構…ロボットのふりをしているものなのかもしれないな。

「さて…そんな所に隠れてないで、そろそろ出てきたらどうだい」

 隠れている?

 猫でもいるのか? そう言えばさっき、そんな事言ってたな。

 すると声に反応してか、一匹の子猫が――じゃなくて、男が、クローゼットの中から出てきた。

 逆光ではあったが、紫色の、顔が隠れるほど長い髪が見て取れた。どこかで見たことがある――そうだ、この間、ロボット学校て…えーと、確か、名前は…。

「え、エトワ…」

 その名前を口にしたのは僕、ではなく、青柳探偵でも、風杏や遊気たちでもなく、驚くべきことに、僕の隣にいた瑞穂だった。

「知り合い?」

「…弟なの」

「あっ、へぇ、おと…えっ!? おと、弟!?」

「エトワ! 宿舎にも帰っていないんでしょ。みんな心配してるよ」

「姉さん。久しぶりだね。心配ない。もう仕事は見つけた」

「仕事って…まさか…これのこと?」

 エトワは、不敵な笑みを口元に浮かべている。

「ハモン様に毒は使うなと言われてたけど、やっぱり良いな。人間が苦しむ様は」

 エトワは、冷たく不敵な笑みを浮かべた。心の底から人間を憎悪しているという感じだった。

「青柳探偵、僕のお土産は気に入ってくれた?」

「あなた、何のためにこんな事をするの!?」

 風杏が怒りを露わにして聞いた。

「何のため? ふふふ…君には関係のないことだ」

「エトワ…どうしてこんな事…」

「姉さん…」

 彼はじっと姉を見つめていた。髪の隙間からわずかに見えた目は、怯えているように見えたが、気のせいだろうか?

「まだ学校を卒業できると思ってるの?」

「え?」

「どうせ卒業なんて出来やしない。どうせ死ぬ。それが僕ら亜赦の運命なんだ」

「そんな事…」

「これは俺の復讐なんだ。俺たちロボットを作った人間への復讐…おや、まだ人間がいるな」

 彼は僕をまっすぐに見つめる。

「特にキミは、和亀カンパニーの社長息子だって?」

 僕は唐突に、目まいと吐き気に襲われた。

「和亀カンパニーはロボットの根源…諸悪の根源…そしてその息子…ここで会ったが100年目。許すわけには行かない!!」

 エトワは、僕目掛けて何かを投げてきた。

 恐らく刃物のようなものだ。

 よける事なんてできる訳ない。

 瑞穂たちが何とか盾になろうとしたが、彼女の動作は鈍い。

 全身に力を込め、痛みに耐える準備をしたその時、サッと風杏がそれを掴む。

 まるで忍者映画を見てるみたいだ。

「あたしの目の前では、誰一人殺させない!」

 エトワはさぞ悔しそうに舌打ちした。

「まあ、良い。指示されていないしな。ではまた会おう、青柳探偵」

「待て!」

 慌てて風杏が殴り掛かるが、彼は蜃気楼のようにいなくなってしまった。彼女の握った拳が行き場を失くして空を割く。エトワの猟奇的な笑い声だけが残った。

「すみません青柳さん、取り逃がしてしまいました…」

「イタズラにしちゃ、少々趣味が悪いな」

「そう言えば、どうしてクローゼットに誰かいるって分かったんですか? ロボットのあたし達も気づかなかったのに…」

 ロボットには通常、ほかのロボットや生命体を感知するセンサーが備わっている。但しそれは常時稼働しているわけではないようだ。

「チーフだよ」

「チーフが?」

「あの猫、クローゼットの中がお気に入りなんだが、今日は一向に入ろうとしねーからさ。まさかほかに誰か入ってるのかと、思っただけのことさ」

 青柳が、どうってこないさ、という顔で言う。

 この人が名探偵、ブルーウィロウなのか。

「チーフって…猫ですか?」

 僕が聞いた。

「うちの事務所のチーフなんだよ、彼は。な?」

 青柳さんは膝の上に登ってきたチーフののどを撫でてやる。

「はあ」

 僕がよく分からないまま返事をする。

 チーフは、やっとお気に入りの場所が開いたと言った感じで、クローゼットの中に帰っていった。

 僕らも帰ろう。

 田中と斗紋が待っている家に。

 僕らは「青柳探偵事務所」の扉を閉め、家路についた。

 あれ? 何か忘れてる気がするけど、まあいいか。

[newpage]

続かない

こういうノリは嫌いじゃ

海苔だけに(???)


母親が有名人の下りは要らん気がする→消した







[chapter:5 犬とロボット]

「きょうは琉架君に、良いモノがあります」

 ある晴れた日の午後。和亀の昼食を片付けて一息ついていると、瑞穂が来て勿体ぶって言った。

 見て分かるが、プレゼントのような箱を持っている。

「ウワー、ナンダロー、タノシミダナー」

 嫌な予感しかしなかったが、一応聞いてみた。

「じゃんっ!! 執事服~♪」

 瑞穂が取り出したのは、独特な襟と、妙に尖った切込みの多いスーツ。やっぱり、こいつのやることに、ロクなことはない。

「こんなの、ただのコスプレじゃねーか」

「ノンノン、琉架君は執事、よって執事服を着るのは至極当然!」

「じゃあ田中さんはどうなんだよ!? 田中さんは普通のスーツじゃねえか!」

 田中さんは普段、どこにでもありそうな黒いスーツに、赤いネクタイをしている。あれも執事服だとでも言うのだろうか。

「田中さんはあれが仕事着だから良いんです」

「俺もこれが仕事着だよ!!!」

 はははは、と、俺の仮の主人、和亀がさも愉快そうに笑い転げた。

 人の作ったメシだけ食って、あとは笑ってりゃいいなんて、ホントいいご身分だよな。

「良いじゃないか、執事服。似合うと思うよ」

「誰が着るか、こんな」

「これは命令だ!」

「だから何でそういう時だけ命令するんだよ!」

 命令すれば良いと思ってるな、コイツ。

 しかしまぁ、ここで断っても、こいつらのことだから何かにつけて執事服を推してくるだろうし、着れば静かになるのなら、まぁいいか。

 こういうところが、ロボットっぽいな、と我ながら思う。

 意外と姉貴もああ見えて似たところがあるから、案外公務員は合ってるかもな。

「おお!? ぴったしじゃん!!」

「すごいですぅ!! 一流の執事さんみた~い!! お、お兄さん、し、写真撮っても宜しいですか!?」

「おいあんまり見るな、照れる」

 着替えた俺を見た瑞穂のテンションが、これまで見たことないほどにおかしくなっているが、コイツには何がそんなに面白いのだろうか。可笑しいを通り越して、感心さえする。

「よし、今日はそれで買い出しに行くこと」

 仮の主人が命令した。

「え?それはさすがに恥ず…」

「良いのかなぁ~? 琉架の評価点を付けてるのは誰かなぁ~? 言う事聞かないと学校にある事ない事…」

「くっ…行けばいいんだろ、行けば」

 俺は渋々、家を出る。

 この時に天気予報を確認しておけば良かったのだが、しくじった。

「まったく、あいつらは…田中さんもなんか面白がってるし…田中さんって、ああ見えて結構性格悪いよな」

 和亀邸での執事見習いの仕事にも、大分慣れてきた。

 朝、軽く掃除をし、朝食の準備をして、庭の手入れと少々の家畜の世話。

 朝食を片付けたら、ごみを出しながらまた掃除をして、洗濯物を干したら買い出しへ。

 帰ったら、夕食の準備に入る。洗濯物を取り込む。

 和亀が食べている間に風呂の掃除をして、和亀が食べ終わったら、就寝の準備。

 片づけと、明日の下ごしらえをして、最後に戸締りの確認をすれば終了だ。

 人間一人の世話に3体のロボットはまったく必要なかったが、俺たちは見習いだ。仕事を覚えるために、ローテーションでこなしている。

 ただ、土地だけは妙に広いので、田中さんは「3体もいれば本格的に農業が出来る」と乗り気ではあった。今の所現実にする予定はないが、時間の問題かもしれない。

 人の視線を気にしながら、なんとか買い出しを終えた帰り、雨が降り始めた。

 天気予報を確認すると、通り雨という事だったので、近場の店の裏口の廂でしばらく待つことにした。

 今時耐水機能のないロボットは居ないだろうが、だからって濡れても良いわけじゃない。

 放熱速度が上がれば、電力の消費も増える。

 電力の消費が増えれば、電池切れの可能性もある。

 電力切れは、ロボットにとって最も恐ろしいものだ。

 誰も充電してくれなければ、そのまま廃棄となってしまう。自動バックアップに加入しておけば良いが、あれは高額なのだ。

 決してこの服の心配をしている訳では、全く断じて絶対にない。

 やっぱり、いつもよりは目立ってた気がする…。クソッ、何で俺がこんな目に。

 ふと見ると足元に、首輪をした白い犬が寄ってきた。

 首輪はしているが、どこにも繋がれていない。

 食材のにおいに釣られたのかもしれない。しきりに袋の臭いを嗅いでくるので、俺はしゃがんで、臭いに慣れさせてから、少し撫でてみた。

 動物は、嫌いじゃない。

 彼らは、騙したり、裏をかいたりしないから。

 ロボットは確かに「精神の休息を必要としない存在」で、ペットに癒しを求める必要などない。

 ただそれとは別に、動物と居ると安心するってロボットはいると思う。

 ロボットも慰められれば安心するのと同じだ。勿論慰めなど無くてもさして問題ないのが、人間とは違うのだが。

 精神の休息を必要としないからって、みんな働くことだけ考えてる訳じゃない。だから、犬型ロボットになるような奴等が、後を絶たないんだろう。

「腹が減ってるのか?仕方ないな、一つだけだぞ。うおっちょ、ちょっと待て、凄い食欲だな」

 袋からソーセージを取り出すと、それが何か分かったのか、指まで噛み千切りかねない勢いで奪われてしまった。

 一心不乱に食べている。よっぽど腹を空かしてたんだろうか。飲食店のそばに住んでいるのに。生きるってのは、ロボットでも犬でも大変なもんだな。

 食べているのを邪魔しないように、そっと首輪を覗き込む。

「チョップ…? ハハッ、変な名前だな」

 その時、ウェーブが入った。瑞穂からだ。

「琉架君、雨大丈夫?」

「ああ、雨宿り中」

「あたし、傘持って行くね」

「助かるよ。サンキュ」

 瑞穂は珍しく忘れずに、傘を持って来やがった。

 先日の一件以来、彼女は元気がない。

 この服も、ひとつには自分のために買ったのではないだろうか。

 どうやらコイツは、服が大好きみたいだし。

 まぁ、俺なんかが着て、それでも嬉しくなるのかは分からないが。

「まったく、店で目立って大変だったぞ」

「違うよー、琉架君がかっこいいから目立ってたんだよー」

 こいつは仕事もできないのに、こういう厄介事だけは持ってくるよな。

 弟の一件は聞いたが、どうにかなる話じゃなさそうだった。

 あいつがどんな道を選ぼうと、それはあいつの決めた人生だし。

 まあ、ロボット学校を卒業しない必要はないと思うが。

 それより瑞穂自身の心配をするべきだ。こいつは、ドジで、不器用で、見てるとこっちまで惨めになってくる。

「琉架君は、凄いよね、何でも出来るしさ」

「何だ、急に」

「行こうと思えば、どこにでも行けるんだろうなあ、あたしとは大違い」

「何なんだよ、さっきから」

 瑞穂は、はぁ、とため息をついた。

「あたしたちの両親は、亜赦なんだ」

 亜赦とは、学校を落第したロボット達の総称である。

 臨職時の待遇に明確な差があり、ほとんど仕事がない。機械(AIを搭載していないロボットの事)にできる仕事は、すでに機械がしているからだ。

「だからうちはいつも貧乏で、新しい部品を買うお金がなかった。だから――二人は、あたしと弟のために、死を選んだの」

 俺は黙って聞いていた。つまり、自分の部品を子供に使ったか、パーツを売ることで食費を稼いだか、いずれにしても、同じことだが。死んだという事は、脳の部品まで解体したのだろう。

「エトワも…きっと不安なんだ。あたしも、ときどきすごく不安になる。あたしは…こんなに頑張ってるのに…」

「それがそいつの限界なら、仕方ねーだろ」

「…え」

「お前の弟も、お前も、俺も、死ぬ時は死ぬ。弟の心配なんかしてる場合じゃねーだろ」

「…」

 瑞穂の表情がみるみる暗くなった。

「そ、そうだよね。普通、そうだよね。人に相談したあたしがばかだった」

 瑞穂は気を取り直したように笑う。

 さすがに言い過ぎたな、と思った俺は続けた。

「職業体験の間だけだったら、お前の事見ててやるよ。俺で良ければな」

「へっ?」

「そんでエトワの事はお前が見れば良いだろ」

 俺の言葉に興奮したのか、「ホントに!? ありがとう!!」と意気揚々だった。

「あのね、琉架くんは服なんて何でも良いって言うけど、琉架くんも今日はとっても楽しそうだったよ」

「え?」

「だからね、琉架くんもおしゃれが好きなんじゃないかなって」

「そんな訳ないだろ」

「でも、色々着てみればきっと…」

「うるせえな」

 思わず、声を荒げてしまう。

 さすがの瑞穂も押し黙った。

 瑞穂は悪くない。俺がただ、苦手なだけだ。

「すみません、先に帰ります。傘持ってきてくださってありがとうございました。では」

「なんで敬語? あっ、琉架く…」

 瑞穂が言い終わらないうちに、俺は走り出した。

 誰かと関わると、いつもこうだ。

 なぜみんな、俺を「何者か」にしたがるんだろう。

 俺はただの「ロボット」なのに。

 しろと言われればするだけ、着ろと言われれば着るだけの、ただのロボットなのに。

 だいぶ速く走ったので、あまり傘の意味は成さなかった。けど、良い。雨に降られたい気分だったから…などと言えれば良かったのだが、実際はただ、時間が勿体無かっただけだ。俺はロボットなのだから。

 丁度高級商店街を横切っている時だった。この向こうの高台に和亀の家がある。

 分かってるよ。瑞穂だってロボットだ。

 ロボットなのは、言い訳でしかない。

 俺が、空っぽなだけだ。

 そう考えているとき、目の前に黒い影が落ち、直後、影の主が俺の目の前で地面に激突した。

 ゴッ、とにぶい音を立て、傘で防御する間もなく、水たまりからの水しぶきと、体液が少々、服に付いた。

 それは、どう見ても人間の女であった。

「…あー、服、もう汚しちまった」

 早く帰って食材を冷蔵庫に入れねばならないのに…。

 自分に冷蔵機能を搭載しようかな、と一瞬本気で思ってしまった。[newpage]

続かないから安心してほしい(自分に)


動物も騙すときは騙すのでは




[chapter:6 君の居場所]

「えーと、大丈夫ですか?」

 首がありえない方向に曲がっている彼女に、一応話し掛けてみた。ロボットだったら動くと思うのだが、頭が割れ、血が弾け飛んでいるし、腹から肋骨がつき出ているため、恐らく人間だ。

 黒人、中肉中背、年は30代くらいか?

 白黒のストライプのTシャツに、群青色のズボンを履いている。外で過ごすには肌寒い格好だ。

 足は黒の靴下のみ。靴は落ちる途中で脱げたのかもしれないが。

 片足だけ脱げていたりすれば明らかに事故なのだが、今の時点ではわからない。

 自分の家か、オフィスで休憩中かなにかに足でも滑らせたのかな。

 そう思って辺りを見回すが、どこから落ちてきたのかまでは分からなかった。

 このまま帰ってもいいが、一応第一発見者って事になるだろうし、警察に事情を伝えないといけないだろう。

 まあ、4,5分で済むし、食材は傷まずに済むと思われる。

「あっもしかして、斗紋さんじゃない?」

「へ?」

 警察を呼んで、ぼんやり死体を眺めていると、見知らぬ人に話しかけられた。

「哉乞さんが言ってた人だ」

「あ、この人、図書館のブログで見たー。」

 子供にまで知られている。

 何の事だ?

「図書館で哉乞さんが、僕の友達が事件を解決したーって騒いでるのよ。さながら名探偵なんだってー?和亀邸で執事してるんでしょ?」

「執事の服着てるし間違いないよね」

 そうか…。

 哉乞は知らぬ間に、こんなにも慕われていたんだな…。

 脳裏に哉乞の能天気な笑顔が浮かぶ。

 じゃねえよ、何話してくれてんだあのおしゃべり野郎。服のせいもあって俺はものすごく奇異な目で見られた。ビノさん、早く来てくれ。

 警察はそれから10分ほどでやって来た。

 死体を見るなり、ビノが絶句する。

「何て事だ、[[rb:葵 > あおい]]さんじゃないか」

「お知り合いですか」

「同じマンションに住んでいる。そこだ」

 俺達からすぐ隣の煉瓦作り([[rb:風 > ふう]])のマンションを指さす。入り口には監視カメラのようなものもあり、古風ながら比較的新しい建物だ。

 なるほど、この建物のどこかの階から落ちたのなら、納得がいく。

「じゃ、俺はこれで」

 俺が行こうとすると、噂の好きそうなおばさんや子供に止められる。

「ちょっとぉ、行っちゃうの?」

「名探偵っぷりを私達にも見せてよ~」

「困ります、僕は部外者ですし…」

 俺は愛想笑いをして平静を装ったが、すでに注目の的となっていた。

 こんな中素知らぬ顔で逃げ帰れるほど、俺は強くない。

 まあ、居るぶんには誰にも迷惑かけないし。野次馬が崩れかけた頃を見計らって、さっと抜ければいいだろう。

 直也があらかたの写真を撮り終えたので、ビノがポケットを探った。携帯電話がある。ロボットは携帯を持たないが、人間はやはり、携帯が楽なようだ。

 メモ帳に、「大学も辞めてしまったし、病気にもなってしまった。生きていく気力もないので死にます」といった要旨の文が書いてあったらしい。

「彼女は体を壊していて、年金をもらっていたが、そこまで追い詰められていたとは。やはり人間は難解だ」

 自殺、か。

 人はすぐ死のうとする。

 確かにロボットは死なない。

 いや、死と言うものはあるが、それは避けようと思えば避けられるものだ。

 部品を取り換え続けていればいい。

 かと言って、自殺するロボットも存在しない。「ロボットに精神の休息など必要ない」から。

 もしロボットが自殺するとしたらそれは、その犠牲が必要な時か、未来がないと悟った時だけだ。

 ワカメダシティの障害年金は、未来がある者だけに払われる。

 つまり、治癒可能な病気の場合のみだ。その場合は、生かしておいた方が経済のためになると判断され、年金が支払われる。

 不治の病である場合は、これに値しない。

 つまり彼女は治る病気だったはずである。

 ちなみにロボットの場合は修理できなければそこで見限られ、即・廃棄だ。

 そんな奴らにパーツをいちいちあげていたら、きりがないからな。

 彼女は捜査を続けた。

 食料品をぶら下げている腕も疲れてきたし、そろそろ帰り時かと思って、聞こえるか聞こえないかと声でつぶやいた。

「じゃ、僕はそろそろ帰ります、では…」

 その時、白い柴犬が俺を追い越して、真っ直ぐ死体に向かっていった。

「あっ! おい」

 例の犬、チョップだ。

 俺の食材を追ってきたのだろうか?

 あり得る話だ。

「よせ、チョップ」

 チョップは警察の腕をすり抜け、死体のにおいを嗅いでいた。ビノも慌てている。

「おい待てそこの犬」

「すみません、今[[rb:退 > ど]]かします」

 俺が追いかけると、チョップはふらりと踵を返した。

 何かのにおいを辿ってるのか、野次馬の中から一人の女性を嗅ぎ付けて前足を上げる。

 ピンクのスカートが泥で汚れる。

「こらチョップ、お姉さんが汚れるだろ。すみません。」

「いえ。可愛いワンちゃんですね」

 化粧の濃い女性だ。

 葵さんと同じく30前後か。

 死体を前にして、そんな雑談を放り込んでくるなんて、凄いメンタルだな。

 それとも、気が動転しているのか?

「ええ、チョップって言うんですよ。ははは、ヘンな名前でしょ」

「確かに」

 彼女がつられて笑う。

 俺は気になっていることを聞いた。

「ところでお姉さん、どうして指にセロハンテープを巻いてるんです?」

「えっ? ああこれは、あかぎれがひどくて。この季節はね」

「ハハハッ、なんだそうですか。僕はてっきり、慌てて近場のもので巻いたっきり、そのままなのかと思いましたよ。指紋が付くのを防ぐために」

「…!」

「それにしても、あかぎれにセロハンテープを巻くなんて、お姉さんは随分面白い人なんですね」

「あ…あ…」

 話を聞いていたビノは、完全に疑っているようだった。

「あんた、名前は?」

「わ、私はただの通りすがりで…」

 女性がしどろもどろで応対する。

「調べればすぐ分かるぞ」

 彼女は証言をコロッと変えた。

「あ……あたし…葵と同窓生ですけど関係ありません」

「犬が吠えてるし、同じ匂いがするんじゃないのか?最近葵の部屋には行ったか?」

「行ってません!彼女の家がここだってことも知りませんでした!」

「マンションのロビーには監視カメラがある。調べれば分かる事を何度も偽っても、心象が悪くなるだけだぞ」

 彼女は次の手を考えているようで、イライラと爪を噛んでいた。

 その時、俺にウェーブが入った。

「あの、斗紋君あのね」

「わり、今忙しいから切るぞ」

 今思えばこのタイミングで帰れば良かったのだが、ここまで来たら最後まで付き合おうという意思が勝ってしまった。

「さて、鞄を改めさせてもらおうか」

 ビノが伸ばした手を、女性がふり払った。

「ちょっと、いい加減にしなさいよ。人の事犯人扱いして」

 急に言葉を荒げる彼女。

「警察だか何だか知らないけど、勝手に人の鞄の中見れると思ってんの? 令状持ってきなさいよ、令状」

 さっきとは別人だ。猫をかぶっていたのだろう。

 ビノはため息をつき、サングラスを取った。

「あたしの目は何でも見透かす。嘘をついても無駄だ」

 彼女がビノの目を見つめて、目が離せない。

 嘘発見器でも搭載しているのだろうか。警察なら、ありえる。

「お前がやったのか?」

「やってない!」

 声が完全に震えている。嘘発見器などなくても、一目瞭然だ。

「言っただろ、嘘をつけば分かると」

 彼女はしばらく震えていたが諦め、がっくりとうなだれた。

「あいつは昔から頭が良くて…あたしが必死で取れた点を簡単に越えていった。だけど、大学を辞めたって聞いて笑ってた。自分の頭の良さにあぐらをかいてたからそうなったんだろう。ざまあみろって思ってた。だけど、仕事もせずに引きこもってるって聞いてまたイライラした。人が目一杯働いてるときに、昼間から呑気に遊んでるんだって。今日久しぶりに会ったらあいつ、プログラミングのコンテストで賞を取ったって喜んでて、そのアイディアで起業するんだって、ベンチャー企業を設立するんだって…あいつばっかり選ばれて!! あたしだってこんなに頑張ってるのに!!! あたしの気持ちも知らないで!」

「それで腹が立って突き落としたのか?」

「審査結果さえ隠せばいいと思ったんだな」

 俺が言った。

「私は、彼女の家にお邪魔したこともある。本や機材が沢山あって、とにかく勉強家だ。自分の体も顧みないくらいに。謙虚で、ちょっと卑屈だが、優しい人だった。彼女は努力家だから点が取れるだけだ。お前が他人を馬鹿にしてる時間で勉強してるだけだ。受賞の事だって面と向かって伝えたのは、お前のことを尊敬してたからじゃないのか。友達の気持ちを踏みにじったのはお前だ」

 犯人の鞄からは、葵さんが開発したと言うプログラムデータと、コンテストの審査結果の通知、そして血痕の付いた大きな皿が入っていた。これで殴って気を失わせたあと、自らの手にテープを貼り、遺書を作り、ポケットに入れ、ベランダから突き落とし、部屋を掃除して、そそくさと出てきたらしい。

 後から聞いたことだが、チョップは殴った際に二人に付いた花瓶の花の匂いに反応したそうだ。

「へぇ、じゃあここから近いじゃん。今度お茶しに行かない?」

「えー、でも…」

「おい、何してる?」

 事件そっちのけでナンパに勤しんでいる王野にビノが言った。

「事件は解決したぞ」

「え…」

 王野はサングラスを外したビノが、誰だか分からないようだった。

「素敵なお嬢さん、あなたみたいな人が近くにいたのに、なぜ今まで気付かなかったんでしょうか? お名前は?」

「何を言っている? ビノだが」

「え! ビノさん!? なんだ、そうと言ってくれれば」

「そうと言ってくれれば何だ」

「い、いえ…」

 犯人が捕まると、辺りは拍手に包まれた。

 さすが名探偵などと、からかい半分に褒めそやされながら、俺は岐路に着いた。まったく、穴があったら入りたかった。

 哉乞の噂好きのせいですっかり遅くなってしまった。途中自分でもやる気になっていたことも忘れ、何も知らないであろう哉乞に腹を立てていた。まあ、半分冗談だが。

 まあ、万一食べ物が傷んでいたとしても、腹を壊して困るのは和亀だけだから構うまい。これも冗談だが。

「お帰りなさい、遅かったですね」

 田中さんは、和亀の服を繕ったり、バスケットの網を修理したりしていた。俺が遅くて、夕食の準備に取り掛かれなかったのだろう。と言っても、正味40分は遅れていない。

「瑞穂さんは一緒じゃなかったのですか?」

「え?」

 俺は辺りを見回す。廊下や部屋の隅にも、誰もいない。

「帰ってないんですか?」

「彼女はまだ帰ってませんが」

 心配になってウェーブを送るが、繋がらない。

「ウェーブしました?」

「私、ウェーブ搭載してないんですよ。旧型なので」

 まさか、道にでも迷ったのか? あのバカ!

 探しに出るが、なかなか見つからない。田中さんに連絡し直して、一緒に探してもらおうかと思ったとき、屋敷から300フィートほど離れた公園の一角で、ようやく松長がぐったりしているのを見つけた。

 スリープではない。人間の死体のように、まったくの無音だ。

 警察に見つかる前で良かった。俺は珍しく慌てて腰の後ろから緊急用の電気送信コードを引っ張り出して、彼女の鎖骨部分にある電源プラグに差し込んだ。

 これでしばらくすれば、意識くらいは取り戻すだろう。

 俺の電力が減るが。

 彼女の顔色を観察しながら考えた。

 しかし、なんでこいつはお節介なんだ?

 誰が何をしようが自由じゃないか。他人のする事も、ましてや着るものなんて本当にどうでもいい。

 こいつは、ただ人を楽しませたいだけなんだろうな。

 夜己や哉乞、あの遊気だってそうだ。

 俺だけが、一人だけ距離を置きたがっている。

 彼らはそんな俺のことを分かって、そこそこに離して付き合ってくれるのだが。

 周りを楽しませるために、必死になるやつはいる。

 そういう生き方もまた、ロボットの道なのだろうな。

 瑞穂の目がそっと開いた。

 俺と目が合う。

「斗紋君が、助けてくれたの?」

「おい、なんだってこんな所にいたんだ」

「斗紋くんを探してるうちに、道に迷っちゃって…あたしって、ほんとバカだね!」

 声がか細い。

 怖かったのだろう。

 俺を探して、ずっと雨の中を走ってたのか。

 ウェーブに答えなかった俺にも責任がある。

「ほんとバカだよ、お前は」

 ハンカチで頭を拭いてやると、彼女は頬を緩めながら「えへへへ」と変な笑い方をした。

 俺も心なしか、熱っぽい。冷えたのだろうか。

「歩けるか?」

「うん…あう」

 そう言って立ち上がろうとするが、うまくいかないらしい。

 ハァとため息をついた。

「見るって言ったのは俺だからな、しゃーねー」

 早く帰らないと、俺まで電池切れになっちまう。

 俺は瑞穂の体を抱え上げた。

 ロボットなのでそりゃ重いが、家までなら運べそうだ。

 瑞穂が叫ぶ。

「る、琉架どの! ちょっとこれは、恥ずかしいでする」

「お互い様だろ。消耗するからもう喋るな」

 彼女は黙って、俺の首に抱きついた。

 胸が一層苦しくなる。おかしい。

「あのね、琉架くんは、ホントにホントにカッコいいよ、哉乞君よりカッコいいよ、嘘じゃないからね」

「お、おう」

 俺がじゃなくて、見た目が、だよな? 紛らわしい事言うなよ。

 さっきから体の調子がおかしい。どうやら冷え過ぎたようだ。

 一度診てもらわないと。[newpage]

電話じゃないって。


前回の動機もこんな感じだったな?

推理してねぇwwww

あと自分で考えたトリックを自分で解かせて名探偵とか言わせる行為がこんなに恥ずかしいとは思わなかった。推理が稚拙だからですかね。


真っ先に知らせたかったというくだりを入れるの忘れた


あと今更だけど未来はもしかしたらAI技術で人間が死んでも蘇ると言うか複製されるかもしれない

まあ死ぬまでに学習させておかないといけないか、それか脳をスキャンしてこういう脳ならこういう人だろうっていう予想


  • ニワトコはにわとりの卵
  • ラストともんのモノローグもっとうらやましさ、を