魔女の定義は、曖昧である。しかし一般には、薬草学を極めた人間とされることが多い。森に住めるという事は、かなりの強者と考えてよさそうだ。あまり関わりたくないが、近くに来たからには動向を探らねばならない。
彼女には恐らく、「神力」がある。神力があれば、土地を浄化する事が可能だからだ。そしてモンスターも近づけない。どこからやって来た少女なのかは、未だ分からないし、用心するに越した事はないのだが、どうも頭が弱いところがある。それが演技なのか、素なのかは不明だ。
ケソアッソーリ
広大な魔王城の森に、俺は足を踏み入れた。
出会った高レベルモンスターを次々と薙ぎ払いながら進んでいく。
目指すのは湖のほとりの「魔女の家」である。
「魔女、ね」
普段、薬は冒険者に採集してもらった薬草を、手すがらに製薬している。しかしその手間はばかにならない。いっそ魔女ごと雇ってやろうというくらいには俺はこの来訪を歓迎していた。
わざわざ魔王城の近くに越してくるのだから、よほど力に覚えがあるのだろう。
俺は用心しながら進んだ。
魔女とは、薬草学に特化した女性を指す。魔力はあったりなかったり。隠しているだけかも知れないが。魔法使いとは違うらしいし、大学機関の研究者とも違う、何か独自の秘術を用いるとも言う。
(接触は避けよう。今日は確認と観察だけだ)
しばらくすると、湖のほとりに出る。森の中の湖と言うと、恐らくここが一番大きいはずだ。
辺りを見渡すが、家らしきものはない。
(ナターシャの勘違いか、別の場所か?)
俺は気をつけながら進み、そして――。
「何者です!」
突如目の前に現れた女性に、剣を突きつけられた。
出会い、噂、神官
薬
魔王城の森の神父
魔王の森の神父
(どこから現れた?)
この女は、俺より上手かもしれない。
その可能性も当然考えての行動ではあったが、目が冴えるような感覚になった。があった。
女は矛を手に、かすかに震えている。仁王立ちしている。桎梏
漆黒の長い髪は、なるほど魔女のようだと思わないでもなかった。
若く、頼りなさそうな人だ。
何かにおびえるように、おどおどとしている。
だが俺は知っている。ナターシャのようなおおらかな人間より、臆病な人間のほうが何倍もやっかいだということを。戦争を始めるきっかけは、いつだって「恐怖」なのだ。
俺は彼女を刺激しないように、冷静な口調で言った。
「初めまして。私はクロス。ケソアッソーリの神官です」
的ではありませんフォーミニ
「神官…?」
(どこから現れた?)
この女は、俺より上手かもしれない。
その可能性も当然考えての行動ではあったが、目が冴えるような感覚があった。
女は矛を手に、驚いたような表情を浮かべている。漆黒の長い髪は、なるほど魔女のようだと思わないでもなかった。
想像していたよりずっと若い。肩がこわばり、緊張しているらしい。
俺は彼女を刺激しないように、冷静な口調で言った。
「初めまして。私はクロス。ケソアッソーリの神官です」
返事がない。彼女はいまだ、俺の顔を見て茫然としたままだ。
「あなたが引っ越したことを聞いて、ご挨拶に」
「挨拶?」
「もしよろしければ、あなたの事を少し教えていただけませんか?」
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(どこから現れた?)
この女は、俺より上手かもしれない。
その可能性も当然考えての行動ではあったが、目が冴えるような感覚があった。
女は矛を手に、驚いたような表情を浮かべている。漆黒の長い髪は、なるほど魔女のようだと思わないでもなかった。
想像していたよりずっと若い。肩がこわばり、緊張しているらしい。
俺は彼女を刺激しないように、温かな口調で言った。
「初めまして。私はクロス。ケソアッソーリの神官です」
返事がない。彼女はいまだ、俺の顔を見て茫然としたままだ。
「あなたが引っ越したことを聞いて、ご挨拶に」
「挨拶?」はっとしたように彼女が答えた。
「もしよろしければ、あなたの事を少し教えていただけませんか? 危害を加えるつもりはありません。私一人でやって来ました」
彼女はすっと矛を下ろす。警戒は解いてもらえたようだ。
「クルス様。失礼な行動をお詫びいたします。私の名はアデリア。この森に住むこととなりました、魔女でございます」
カーテシーをする魔女。礼儀正しい。正しすぎる。こんなにあっさり行くとは思っていなかった。
「まさかあなた様だとは思わなかったものですから」
今の言葉はかなり引っかかる。
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(どこから現れた?)
この女は、俺より上手かもしれない。
その可能性も当然考えての行動ではあったが、目が冴えるような感覚があった。
女は矛を手に、驚いたような表情を浮かべている。漆黒の長い髪は、なるほど魔女のようだと思わないでもなかった。
想像していたよりずっと若い。肩がこわばり、緊張しているらしい。
俺は彼女を刺激しないように、温かな口調で言った。
「初めまして。私はクロス。ケソアッソーリの神官です」
返事がない。彼女はいまだ、俺の顔を見て茫然としたままだ。
「あなたが引っ越したことを聞いて、ご挨拶に」
「挨拶?」はっとしたように彼女が答えた。
「もしよろしければ、あなたの事を少し教えていただけませんか? 危害を加えるつもりはありません。私一人でやって来ました」
彼女はすっと矛を下ろす。警戒は解いてもらえたようだ。
「クルス様。失礼な行動をお詫びいたします。私の名はアデリア。この森に住むこととなりました、魔女でございます」
まさかのカーテシーをする魔女。とても礼儀正しい。正しすぎる。こんなにあっさり行くとは思っていなかった。
「まさかあなた様だとは思わなかったものですから」
彼女はそう言葉を続けた。
「私のことをご存知でしたか」
「勿論。クロス神父は私の最大の推し…じゃなくて、お得意様になりそうでしたので」
しかも、商売の話題まで向こうから振ってくるという又とない好機。
俺は営業スマイルで返事をした。
「それはありがたい。どうかこれからも、よろしくお願いします」
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(どこから現れた?)
この女は、俺より上手かもしれない。
その可能性も当然考えての行動ではあったが、目が冴えるような感覚があった。
女は矛を手に、驚いたような表情を浮かべている。漆黒の長い髪は、なるほど魔女のようだと思わないでもなかった。
想像していたよりずっと若い。肩がこわばり、緊張しているらしい。
俺は彼女を刺激しないように、温かな口調で言った。
「初めまして。私はクロス。ケソアッソーリの神官です」
返事がない。彼女はいまだ、俺の顔を見て茫然としたままだ。
「あなたが引っ越したことを聞いて、ご挨拶に」
「挨拶?」はっとしたように彼女が答えた。
「もしよろしければ、あなたの事を少し教えていただけませんか? 危害を加えるつもりはありません。私一人でやって来ました」
彼女はすっと矛を下ろす。警戒は解いてもらえたようだ。
「クロス様。失礼な行動をお詫びいたします。私の名はアデリア。この森に住むこととなりました、魔女でございます」
まさかのカーテシーをする魔女。とても礼儀正しい。正しすぎる。こんなにあっさり行くとは思っていなかった。
「まさかあなた様だとは思わなかったものですから」
彼女はそう言葉を続けた。
「私のことをご存知でしたか」
「勿論。クロス神父は私の最大の推し…じゃなくて、お得意様になりそうでしたので」
しかも、商売の話題まで向こうから振ってくるという又とない好機。
俺は営業スマイルで返事をした。
「それはありがたい。どうかこれからも、よろしくお願いします」
その笑顔が彼女のハートを射抜いていたとは、この時は露ほども分からなかった。
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(どこから現れた?)
この女は、俺より上手かもしれない。
その可能性も当然考えての行動ではあったが、目が冴えるような感覚があった。
女は矛を手に、驚いたような表情を浮かべている。漆黒の長い髪は、なるほど魔女のようだと思わないでもなかった。
想像していたよりずっと若い。肩がこわばり、緊張しているらしい。
俺は彼女を刺激しないように、温かな口調で言った。
「初めまして。私はクロス。ケソアッソーリの神官です」
返事がない。彼女はいまだ、俺の顔を見て茫然としたままだ。
「あなたが引っ越したことを聞いて、ご挨拶に」
「挨拶?」はっとしたように彼女が答えた。
「もしよろしければ、あなたの事を少し教えていただけませんか? 危害を加えるつもりはありません。私一人でやって来ました」
彼女はすっと矛を下ろす。警戒は解いてもらえたようだ。
「クロス様。失礼な行動をお詫びいたします。私の名はアデリア。この森に住むこととなりました、魔女でございます」
まさかのカーテシーをする魔女。とても礼儀正しい。正しすぎる。こんなにあっさり行くとは思っていなかった。
「まさかあなた様だとは思わなかったものですから」
彼女はそう言葉を続けた。
「私のことをご存知でしたか」
「勿論。クロス神父は私の最大の推し…じゃなくて、お得意様になりそうでしたので」
しかも、商売の話題まで向こうから振ってくるという又とない好機。
俺は営業スマイルで返事をした。
「それはありがたい。どうかこれから、よろしくお願いしますね」
その笑顔が彼女のハートを射抜いていたとは、この時は露ほども分からなかった。
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(どこから現れた?)
この女は、俺より上手かもしれない。
その可能性も当然考えての行動ではあったが、目が冴えるような感覚があった。
女は矛を手に、驚いたような表情を浮かべている。漆黒の長い髪は、なるほど魔女のようだと思わないでもなかった。
想像していたよりずっと若い。肩がこわばり、緊張しているらしい。
俺は彼女を刺激しないように、温かな口調で言った。
「初めまして。私はクロス。ケソアッソーリの神官です」
返事がない。彼女はいまだ、俺の顔を見て茫然としたままだ。
「あなたが引っ越したことを聞いて、ご挨拶に」
「挨拶?」はっとしたように彼女が答えた。
「もしよろしければ、あなたの事を少し教えていただけませんか? 危害を加えるつもりはありません。私一人でやって来ました」
彼女はすっと矛を下ろす。警戒は解いてもらえたようだ。
「クロス様。失礼な行動をお詫びいたします。私の名はアデリア。この森に住むこととなりました、魔女でございます」
まさかのカーテシーをする魔女。その姿はどこかの貴族令嬢かと思うほど様になっていた。とても礼儀正しい。正しすぎる。こんなにあっさり行くとは思っていなかった。
「まさかあなた様だとは思わなかったものですから」
彼女はそう言葉を続けた。
「私のことをご存知でしたか」
「勿論。クロス神父は私の最大の推し…じゃなくて、お得意様になりそうでしたので」
しかも、商売の話題まで向こうから振ってくるという又とない好機。
俺は営業スマイルで返事をした。
「それはありがたい。どうかこれから、よろしくお願いしますね」
その笑顔が彼女のハートを射抜いていたとは、この時は露ほども分からなかった。
挨拶
森の魔女アデリア
好都合だ。
---------------
「まずは薬を見せていただけますか?」
「あら、申し訳」
「あら、ごめんあそばせ。」
彼女の作る薬はかなり良質だった。俺もそこまで不器用ではないが、やはりプロが作るとなると格が違う。値段もそれなりに上がるので、「上級回復薬」として神殿に置くことになった。勿論惚れ薬は断った。ほかにも気つけや毒消しなど、戦闘や日常生活に使えそうなものは一通り揃えてみた。まだ様子見である。
傷つけることを言うと
どうやら一筋縄ではいかない女らしい。こんな所で魔女をするような女である。過度な馴れ合いは不要という訳か。
魔女の悪評はますます目立つようになった。何やら子供をおどかしているとか、家の周りを徘徊されるとか。人の生き血を啜っているとまで言われていた。俺と違って一般人の魔女に対する印象なんて、まあそんなものだろう。俺としては生き血だろうが何だろうが、薬効があればかまわないのだが。
「これは惚れ薬でございますわ」
「さすがにそんなものは神殿には不要ですね」
「あら、神父様が個人的にお買い求めになっても宜しいんですのよ」
そう言ってころころと笑うアデリア。
「それに神父様は眉目秀麗でいらっしゃいますから、口にするものにはお気を付け下さいませ」
「ははは、ご冗談を」
魔女の技能に関しては、信頼
買っているが
この女は俺と同類の人間かも知れないとは思ったが、それ以上の思惑か掴めない。一体町で何をしているのか。徘徊して何がしたいのかはまるで分からなかった。
「あなたを町で見かけるという話をよく聞きます」
「あの女、こわくて眠れねえ」
んですよ
ある日、納品に来た魔女にそう言った。
彼女はきょとんとした顔をしてから、眉間にしわを寄せた。悪事がバレた犯罪者のような顔である。
「それがあなたと何の関係がありまして?」
「あまり町の人を不安がらせるような事はしないで頂きたいんですが。一体何をなさっているのです?」
「情報収集ですわ」
「町民の情報など、何に使うのですか」
「魔女には色々と秘密があるのです」
もしかして、なめられないように適度に威嚇しているんだろうか。
そのくらいしか理由が思い当たらない。魔女など、放っておいても怖がられる存在だろうに。
「ほどほどにしてくださいね」
と言いつつ、魔除けのお札の売れ行きが好評なので、あまり強く言いたくもないのだった。
「ふふふ、かわいらしいお顔ですこと」
「まあ、飲んでしまいましたの?」
「まさか何か入っていたのですか」
「いいえ?まさか、わたくしがそんなことするとお思いですか?」
お思いだよ。
とも言えないので、笑って濁しておいた。
看病の日々から数日。村の寒さも本格的になってきた。
俺はと言うと、アデリア対策の術をあれこれ考えて、寝不足の日々を送っている。
「きゃっ」
買い出しを終え、神殿に向かう階段を登りかけた時、その声は聞こえた。
見ると、ナターシャがこちらへ降ってくる。
よけるわけにもいかないので、俺はあわてて受け止めた。
ナターシャがドジと言うのは周知の事実だが、ここまでドジとは。下手すればこのまま神の身許へ旅立つところだった。
「大丈夫ですか?」
「し、神父様、ありがとうございます…」
俺の腕の中で小鹿のように震えるナターシャが言った。
「気を付けて下さいね、ここの階段は急ですから」
「後ろから、誰かに押されて…」
それを聞いた瞬間、俺ははっとして上を見上げた。
反射的に黒い髪の女を探す。
だが、そこには誰もいなかった。
ナターシャが、ここのところ顔を出さない。
急に寒くなったので、体調でも崩したのだろうか。
ナターシャがどうなろうと俺はかまわないが、彼女は村の大切な食糧源(の生産者)だ。かと言って見舞いに行こうにも、森の中では普通の人間はおいそれと見に行くこともできない。
「・・・だから、ね? 神父様。頼むよ」
村の食堂の店主がそう言って、俺に見舞いに行くように頼んできた。俺が護衛するのでいっしょに来るかと聞いたが、聞いただけでふるえてしまった。狼男のくせに、どうしてこう臆病なのか。
村の人々の見舞い品を持って、ナターシャの家まで歩く。
森の中に小さな小屋と井戸があり、なるほど畑には幾つかの作物が生えている。何の野菜なのか、俺にはあまり分からないが。
ナターシャの姿はない。小屋をノックしてみる。
「ナターシャ。私です。神官です」
返事がない。どこかに遠出しているのだろうか。もしかしたら、入れ違いになったという場合もある。馬場もなく、手掛かりになるようなものはない。まあ、女性の一人暮らしの家に馬場があるはずがないが。
すると、物音がして、ドアが開いた。
ああ、やはり、顔が赤く、のぼせている。
「体調が悪いのですか?」
「…神父様…。申し訳ないですが、今はお迎えできる状態でなくて…」
「入りますよ」
「えっ」
彼女の静止を聞き流しながら、小屋に入る。
隙間風だらけの、粗末な小屋だ。確か狩人が建てたと言っていたか。服や食器が散乱している。
「例の狩人は今どちらに?」
「ええと…、彼は死にました」
「死んだ?」
「その…色々あって」
病人から色々問い質す訳にもいかない。今はとにかく休んでもらおう。
「寝ていて下さい。何か作りましょう」
「え。そんな…」
「大丈夫、任せてください。手先は器用なんです。あなたは(村にとって)大事な人なんですから」
「ふえぇ…!?」
卵粥に、ミルクスープに、あとは薬草を幾つか。あとはなにやらお見舞いにもらったオモチャをいくつか、ナターシャに食べさせた。
「今夜は外のサイロで休みます。何かあったら呼んでください」
「神父様」
「何でしょう」
「あ…ありがとうございます」
彼女の顔はまだ熱を帯びているようだ。俺はナターシャの頬に手を触れ、熱いことを確認した。
「ほんとうに…罪な人」
「私が罪ですか? 神のしもべを罪とは…ナターシャも面白いですね」
彼女はへにゃと笑う。ナターシャはそれきり、眠ってしまったようだった。
無論、家主の意識のない家に長居する趣味はない。
「ったく、なんで俺がこんなこと…」
とぼやきつつ、村の生命線のために、狭い納屋生活がその後2日も続いた。
ナターシャが、ここのところ顔を出さない。
急に寒くなったので、体調でも崩したのだろうか。
ナターシャがどうなろうと俺はかまわないが、彼女は村の大切な食糧源(の生産者)だ。かと言って見舞いに行こうにも、森の中では普通の人間はおいそれと見に行くこともできない。
「・・・だから、ね? 神父様。頼むよ」
村の食堂の店主がそう言って、俺に見舞いに行くように頼んできた。俺が護衛するのでいっしょに来るかと聞いたが、聞いただけでふるえてしまった。狼男のくせに、どうしてこう臆病なのか。
村の人々の見舞い品を持って、ナターシャの家まで歩く。
森の中に小さな小屋と井戸があり、なるほど畑には幾つかの作物が生えている。何の野菜なのか、俺にはあまり分からないが。
ナターシャの姿はない。小屋をノックしてみる。
「ナターシャ。私です。神官です」
返事がない。どこかに遠出しているのだろうか。もしかしたら、入れ違いになったという場合もある。馬場もなく、手掛かりになるようなものはない。まあ、女性の一人暮らしの家に馬場があるはずがないが。
すると、物音がして、ドアが開いた。
ああ、やはり、顔が赤く、のぼせている。
「体調が悪いのですか?」
「…神父様…。申し訳ないですが、今はお迎えできる状態でなくて…」
「入りますよ」
「えっ」
彼女の静止を聞き流しながら、小屋に入る。
隙間風だらけの、粗末な小屋だ。確か狩人が建てたと言っていたか。服や食器が散乱している。
「例の狩人は今どちらに?」
「ええと…、彼は死にました」
「死んだ?」
「その…色々あって」
病人から色々問い質す訳にもいかない。今はとにかく休んでもらおう。
「寝ていて下さい。何か作りましょう」
「え。そんな…」
「大丈夫、任せてください。手先は器用なんです。あなたは(村にとって)大事な人なんですから」
「ふえぇ…!?」
卵粥に、ミルクスープに、薬草を幾つか。あとはお見舞いにもらったお菓子をナターシャに食べさせた。
「今夜は外のサイロで休みます。何かあったら呼んでください」
「神父様」
「何でしょう」
「あ…ありがとうございます」
彼女の顔はまだ熱を帯びているようだ。俺はナターシャの頬に手を触れ、熱いことを確認した。
「ほんとうに…罪作りな人」
「私が? 神のしもべである私が罪を犯す訳がないでしょう。変な人ですね」
きっと、熱に浮かされて意味不明な言葉を口走ったのだろう。彼女は困ったように笑う。ナターシャはそれきり、眠ってしまったようだった。
無論、家主の意識のない家に長居する趣味はない。
「ったく、なんで俺がこんなこと…」
とぼやきつつ、村の生命線のために、狭い納屋生活がその後2日も続いた。
ナターシャが、ここのところ顔を出さない。
急に寒くなったので、体調でも崩したのだろうか。
ナターシャがどうなろうと俺はかまわないが、彼女は村の大切な食糧源(の生産者)だ。かと言って見舞いに行こうにも、森の中では普通の人間はおいそれと見に行くこともできない。
「・・・だから、ね? 神父様。頼むよ」
村の食堂の店主がそう言って、俺に見舞いに行くように頼んできた。俺が護衛するのでいっしょに来るかと聞いたが、聞いただけでふるえてしまった。狼男のくせに、どうしてこう臆病なのか。
村の人々の見舞い品を持って、ナターシャの家まで歩く。
森の中に小さな小屋と井戸があり、なるほど畑には幾つかの作物が生えている。何の野菜なのか、俺にはあまり分からないが。
ナターシャの姿はない。小屋をノックしてみる。
「ナターシャ。私です。神官です」
返事がない。どこかに遠出しているのだろうか。もしかしたら、入れ違いになったという場合もある。馬場もなく、手掛かりになるようなものはない。まあ、女性の一人暮らしの家に馬場があるはずがないが。
すると、物音がして、ドアが開いた。
ああ、やはり、顔が赤く、のぼせている。
「体調が悪いのですか?」
「…神父様…。申し訳ないですが、今はお迎えできる状態でなくて…」
「入りますよ」
「えっ」
彼女の静止を聞き流しながら、小屋に入る。
隙間風だらけの、粗末な小屋だ。確か狩人が建てたと言っていたか。服や食器が散乱している。
「例の狩人は今どちらに?」
「ええと…、彼は死にました」
「死んだ?」
「その…色々あって」
病人から色々問い質す訳にもいかない。今はとにかく休んでもらおう。
「寝ていて下さい。何か作りましょう」
「え。そんな…」
「大丈夫、任せてください。手先は器用なんです。あなたは(村にとって)大事な人なんですから」
「ふえぇ…!?」
卵粥に、ミルクスープに、薬草を幾つか。あとはお見舞いにもらったお菓子をナターシャに食べさせた。
「今夜は外のサイロで休みます。何かあったら呼んでください」
「神父様」
「何でしょう」
「あ…ありがとうございます」
彼女の顔はまだ熱を帯びているようだ。俺はナターシャの頬に手を触れ、熱いことを確認した。
「ほんとうに…罪作りな人」
「私が? 神のしもべである私が罪を犯す訳がないでしょう。変な人ですね」
きっと、熱に浮かされて意味不明な言葉を口走ったのだろう。彼女は困ったように笑い、眠りに落ちた。
無論、家主の意識のない家に長居する趣味はない。
「ったく、なんで俺がこんなこと…」
とぼやきつつ、村の生命線のために、狭い納屋生活がその後2日も続いた。
ナターシャが、ここのところ顔を出さない。
急に寒くなったので、体調でも崩したのだろうか。
ナターシャがどうなろうと俺はかまわないが、彼女は村の大切な食糧源(の生産者)だ。かと言って見舞いに行こうにも、森の中では普通の人間はおいそれと見に行くこともできない。
「・・・だから、ね? 神父様。頼むよ。ほかの男じゃ、信用出来ないからさ」
村の食堂の店主がそう言って、俺に見舞いに行くように頼んできた。俺が護衛するのでいっしょに来るかと聞いたが、聞いただけでぶるってしまった。狼男のくせに、どうしてこう臆病なのか。
村の人々の見舞い品を持って、ナターシャの家まで歩く。
森の中に小さな小屋と井戸があり、なるほど畑には幾つかの作物が生えている。何の野菜なのか、俺にはあまり分からないが。
ナターシャの姿はない。小屋をノックしてみる。
「ナターシャ。私です。神官です」
返事がない。どこかに遠出しているのだろうか。もしかしたら、入れ違いになったという場合もある。馬場もなく、手掛かりになるようなものはない。まあ、女性の一人暮らしの家に馬場があるはずがないが。
すると、物音がして、ドアが開いた。
ああ、やはり、顔が赤く、のぼせている。
「体調が悪いのですか?」
「…神父様…。申し訳ないですが、今はお迎えできる状態でなくて…」
「入りますよ」
「えっ」
彼女の静止を聞き流しながら、小屋に入る。
隙間風だらけの、粗末な小屋だ。確か狩人が建てたと言っていたか。服や食器が散乱している。
「例の狩人は今どちらに?」
「ええと…、彼は死にました」
「死んだ?」
「その…色々あって」
病人から色々問い質す訳にもいかない。今はとにかく休んでもらおう。
「寝ていて下さい。何か作りましょう」
「え。そんな…」
「大丈夫、任せてください。手先は器用なんです。あなたは(村にとって)大事な人なんですから」
「ふえぇ…!?」
卵粥に、ミルクスープに、薬草を幾つか。あとはお見舞いにもらったお菓子をナターシャに食べさせた。
「今夜は外のサイロで休みます。何かあったら呼んでください」
「神父様」
「何でしょう」
「あ…ありがとうございます」
彼女の顔はまだ熱を帯びているようだ。俺はナターシャの頬に手を触れ、熱いことを確認した。
「ほんとうに…罪作りな人」
「私が? 神のしもべである私が罪を犯す訳がないでしょう。変な人ですね」
きっと、熱に浮かされて意味不明な言葉を口走ったのだろう。彼女は困ったように笑い、眠りに落ちた。
無論、家主の意識のない家に長居する趣味はない。
「ったく、なんで俺がこんなこと…」
とぼやきつつ、村の生命線のために、狭い納屋生活がその後2日も続いた。
ナターシャが、ここのところ顔を出さない。
急に寒くなったので、体調でも崩したのだろうか。
ナターシャがどうなろうと俺はかまわないが、彼女は村の大切な食糧源(の生産者)だ。かと言って見舞いに行こうにも、森の中では普通の人間はおいそれと見に行くこともできない。
「・・・だから、ね? 神父様。頼むよ。ほかの男じゃ、信用出来ないからさ」
村の食堂の店主がそう言って、俺に見舞いに行くように頼んできた。俺が護衛するのでいっしょに来るかと聞いたが、聞いただけでぶるってしまった。狼男のくせに、どうしてこう臆病なのか。
村の人々の見舞い品を持って、ナターシャの家まで歩く。
森の中に小さな小屋と井戸があり、なるほど畑には幾つかの作物が生えている。何の野菜なのか、俺にはあまり分からないが。
ナターシャの姿はない。小屋をノックしてみる。
「ナターシャ。私です。神官です」
返事がない。どこかに遠出しているのだろうか。もしかしたら、入れ違いになったという場合もある。厩もなく、手掛かりになるようなものはない。まあ、女性の一人暮らしの家に厩があるはずがないが。
すると、物音がして、ドアが開いた。
ああ、やはり、顔が赤く、のぼせている。
「体調が悪いのですか?」
「…神父様…。申し訳ないですが、今はお迎えできる状態でなくて…」
「入りますよ」
「えっ」
彼女の静止を聞き流しながら、小屋に入る。
隙間風だらけの、粗末な小屋だ。確か狩人が建てたと言っていたか。服や食器が散乱している。
「例の狩人は今どちらに?」
「ええと…、彼は死にました」
「死んだ?」
「その…色々あって」
病人から色々問い質す訳にもいかない。今はとにかく休んでもらおう。
「寝ていて下さい。何か作りましょう」
「え。そんな…」
「大丈夫、任せてください。手先は器用なんです。あなたは(村にとって)大事な人なんですから」
「ふえぇ…!?」
卵粥に、ミルクスープに、薬草を幾つか。あとはお見舞いにもらったお菓子をナターシャに食べさせた。
「今夜は外のサイロで休みます。何かあったら呼んでください」
「神父様」
「何でしょう」
「あ…ありがとうございます」
彼女の顔はまだ熱を帯びているようだ。俺はナターシャの頬に手を触れ、熱いことを確認した。
「ほんとうに…罪作りな人」
「私が? 神のしもべである私が罪を犯す訳がないでしょう。変な人ですね」
きっと、熱に浮かされて意味不明な言葉を口走ったのだろう。彼女は困ったように笑い、眠りに落ちた。
無論、家主の意識のない家に長居する趣味はない。
「ったく、なんで俺がこんなこと…」
とぼやきつつ、村の生命線のために、狭い納屋生活がその後2日も続いた。
ナターシャが、ここのところ顔を出さない。
急に寒くなったので、体調でも崩したのだろうか。
ナターシャがどうなろうと俺はかまわないが、彼女は村の大切な食糧源(の生産者)だ。かと言って見舞いに行こうにも、森の中では普通の人間はおいそれと見に行くこともできない。
「・・・だから、ね? 神父様。頼むよ。ほかの男じゃ、信用出来ないからさ」
村の食堂の店主がそう言って、俺に見舞いに行くように頼んできた。俺が護衛するのでいっしょに来るかと聞いたが、聞いただけでぶるってしまった。狼男のくせに、どうしてこう臆病なのか。
村の人々の見舞い品を持って、ナターシャの家まで歩く。
森の中に小さな小屋と井戸があり、なるほど畑には幾つかの作物が生えている。何の野菜なのか、俺にはあまり分からないが。
ナターシャの姿はない。小屋をノックしてみる。
「ナターシャ。私です。神官です」
返事がない。どこかに遠出しているのだろうか。もしかしたら、入れ違いになったという可能性もある。厩もなく、手掛かりになるようなものはない。まあ、女性の一人暮らしの家に厩があるはずがないが。
すると、物音がして、ドアが開いた。
ああ、やはり、顔が赤く、のぼせている。
「体調が悪いのですか?」
「…神父様…。申し訳ないですが、今はお迎えできる状態でなくて…」
「入りますよ」
「えっ」
彼女の静止を聞き流しながら、小屋に入る。
隙間風だらけの、粗末な小屋だ。確か狩人が建てたと言っていたか。服や食器が散乱している。
「例の狩人は今どちらに?」
「ええと…、彼は死にました」
「死んだ?」
「その…色々あって」
病人から色々問い質す訳にもいかない。今はとにかく休んでもらおう。
「寝ていて下さい。何か作りましょう」
「え。そんな…」
「大丈夫、任せてください。手先は器用なんです。あなたは(村にとって)大事な人なんですから」
「ふえぇ…!?」
卵粥に、ミルクスープに、薬草を幾つか。あとはお見舞いにもらったお菓子をナターシャに食べさせた。
「今夜は外のサイロで休みます。何かあったら呼んでください」
「神父様」
「何でしょう」
「あ…ありがとうございます」
彼女の顔はまだ熱を帯びているようだ。俺はナターシャの頬に手を触れ、熱いことを確認した。
「ほんとうに…罪作りな人」
「私が? 神のしもべである私が罪を犯す訳がないでしょう。変な人ですね」
きっと、熱に浮かされて意味不明な言葉を口走ったのだろう。彼女は困ったように笑い、眠りに落ちた。
無論、家主の意識のない家に長居する趣味はない。
「ったく、なんで俺がこんなこと…」
とぼやきつつ、村の生命線のために、狭い納屋生活がその後2日も続いた。
ナターシャが、ここのところ顔を出さない。
急に寒くなったので、体調でも崩したのだろうか。
ナターシャがどうなろうと俺はかまわないが、彼女は村の大切な食糧源(の生産者)だ。かと言って見舞いに行こうにも、森の中では普通の人間はおいそれと見に行くこともできない。
「・・・だから、ね? 神父様。頼むよ。ほかの男じゃ、信用出来ないからさ」
村の食堂の店主がそう言って、俺に見舞いに行くように頼んできた。俺が護衛するのでいっしょに来るかと聞いたが、聞いただけでぶるってしまった。狼男のくせに、どうしてこう臆病なのか。
村の人々の見舞い品を持って、ナターシャの家まで歩く。
森の中に小さな小屋と井戸があり、なるほど畑には幾つかの作物が生えている。何の野菜なのか、俺にはあまり分からないが。
ナターシャの姿はない。小屋をノックしてみる。
「ナターシャ。私です。神官です」
返事がない。どこかに遠出しているのだろうか。もしかしたら、入れ違いになったという可能性もある。厩もなく、手掛かりになるようなものはない。まあ、女性の一人暮らしの家に厩があるはずがないが。
すると、物音がして、ドアが開いた。
ああ、やはり、顔が赤く、のぼせている。
「体調が悪いのですか?」
「…神父様…。申し訳ないですが、今はお迎えできる状態でなくて…」
「入りますよ」
「えっ」
彼女の静止を聞き流しながら、小屋に入る。
隙間風だらけの、粗末な小屋だ。確か狩人が建てたと言っていたか。服や食器が散乱している。
「例の狩人は今どちらに?」
「ええと…、彼は死にました」
「死んだ?」
「その…色々あって」
病人から色々問い質す訳にもいかない。今はとにかく休んでもらおう。
「寝ていて下さい。何か作りましょう」
「え。そんな…」
「大丈夫、任せてください。手先は器用なんです。あなたは(村にとって)大事な人なんですから」
「ふえぇ…!?」
卵粥に、ミルクスープに、薬草を幾つか。あとはお見舞いにもらったお菓子をナターシャに食べさせた。
「今夜は外のサイロで休みます。何かあったら呼んでください」
「神父様」
「何でしょう」
「あ…ありがとうございます」
彼女の顔はまだ熱を帯びているようだ。俺はナターシャの頬に手を触れ、熱いことを確認した。ほうっと熱に浮かされた表情をするナターシャ。
「ほんとうに…罪作りな人」
「私が? 神のしもべである私が罪を犯す訳がないでしょう。変な人ですね」
きっと、熱に浮かされて意味不明な言葉を口走ったのだろう。彼女は困ったように笑い、眠りに落ちた。
無論、家主の意識のない家に長居する趣味はない。
「ったく、なんで俺がこんなこと…」
とぼやきつつ、村の生命線のために、狭い納屋生活がその後2日も続いた。
ナターシャが、ここのところ顔を出さない。
急に寒くなったので、体調でも崩したのだろうか。
ナターシャがどうなろうと俺はかまわないが、彼女は村の大切な食糧源(の生産者)だ。かと言って見舞いに行こうにも、森の中では普通の人間はおいそれと見に行くこともできない。
「・・・だから、ね? 神父様。頼むよ。ほかの男じゃ、信用出来ないからさ」
村の食堂の店主がそう言って、俺に見舞いに行くように頼んできた。俺が護衛するのでいっしょに来るかと聞いたが、聞いただけでぶるってしまった。狼男のくせに、どうしてこう臆病なのか。
村の人々の見舞い品を持って、ナターシャの家まで歩く。
森の中に小さな小屋と井戸があり、なるほど畑には幾つかの作物が生えている。何の野菜なのか、俺にはあまり分からないが。
ナターシャの姿はない。小屋をノックしてみる。
「ナターシャ。私です。神官です」
返事がない。どこかに遠出しているのだろうか。もしかしたら、入れ違いになったという可能性もある。厩もなく、手掛かりになるようなものはない。まあ、女性の一人暮らしの家に厩があるはずがないが。
すると、物音がして、ドアが開いた。
ああ、やはり、顔が赤く、のぼせている。
「体調が悪いのですか?」
「…神父様…。申し訳ないですが、今はお迎えできる状態でなくて…」
「入りますよ」
「えっ」
彼女の静止を聞き流しながら、小屋に入る。
隙間風だらけの、粗末な小屋だ。確か狩人が建てたと言っていたか。服や食器が散乱している。
「例の狩人は今どちらに?」
「ええと…、彼は死にました」
「死んだ?」
「その…色々あって」
病人から色々問い質す訳にもいかない。今はとにかく休んでもらおう。
「寝ていて下さい。何か作りましょう」
「え。そんな…」
「大丈夫、任せてください。手先は器用なんです。あなたは(村にとって)大事な人なんですから」
「ふえぇ…!?」
卵粥に、ミルクスープに、薬草を幾つか。あとはお見舞いにもらったお菓子をナターシャに食べさせた。
「今夜は外のサイロで休みます。何かあったら呼んでください」
「神父様」
「何でしょう」
「あ…ありがとうございます」
彼女の顔はまだ熱を帯びているようだ。俺はナターシャの頬に手を触れ、熱いことを確認した。ほうっと熱に浮かされた表情をするナターシャ。
「ほんとうに…罪作りな人」
「私が? 神のしもべである私が罪を犯す訳がないでしょう。変な人ですね」
きっと、熱に浮かされて意味不明な言葉を口走ったのだろう。彼女は困ったように笑い、眠りに落ちた。
無論、貧乏農家の家に長居する趣味はない。
「ったく、なんで俺がこんなこと…」
とぼやきつつ、村の生命線のために、狭い納屋生活がその後2日も続いた。
看病の日々から数日。村の寒さも本格的になってきた。
俺はと言うと、アデリア対策の術をあれこれ考えて、寝不足の日々を送っている。
「きゃっ」
買い出しを終え、神殿に向かう階段を登りかけた時、その声は聞こえた。
見ると、ナターシャがこちらへ降ってくる。
よけるわけにもいかないので、俺はあわてて受け止める。ふわりと、なびく髪から甘い香りがした。
ナターシャがドジと言うのは周知の事実だが、ここまでドジとは。打ち所が悪ければ、このまま神の身許へ旅立つところだった。
「大丈夫ですか?」
「し、神父様、ありがとうございます…」
俺の腕の中で顔を真っ赤にし、小鹿のように震えるナターシャが言った。
「気を付けて下さいね、ここの階段は急ですから」
「後ろから、誰かに押されて…」
それを聞いた瞬間、俺ははっとして上を見上げた。
反射的に黒い髪の女を探す。
だが、そこには誰もいなかった。それでも、何者かの鋭い視線を感じる。
気のせいであれば良いのだが。
——場所は移り、ここは魔王城。
すらりと背の高く、美しい女が入ってくる。
黒のドレスに真っ赤な唇、誰が見ても優しい女ではなさそうだった。
「魔王様」
腹心のアデルが
——場所は移り、ここは魔王城。
すらりと背の高く、美しい女が入ってくる。
黒のドレスに真っ赤な唇、誰が見ても優しい女ではなさそうだった。
「魔王様」
腹心のアフルが報告する。
「アデリアの居場所を掴みました」
「ほう——僥倖であった」
――場所は移り、ここは魔王城。
すらりと背の高く、美しい女が入ってくる。
黒のドレスに真っ赤な唇、誰が見ても市井の女ではなさそうだった。
「魔王様」
腹心の部下アフルが報告する。
「お嬢様――アデリア様の居場所を掴みました」
「ほう、良くやった」
「どうやら城下の森に住み付いているようです」
魔王――いや、女王は、手に持っている林檎をぐしゃりと潰す。
「アデリア…。私から『魔法の鏡』を隠した挙句、この地位まで奪おうと言うのか? それで、ナターシャの動向は」
「森で野菜などを育てているようです。聖なる力のせいで、それ以上のことは何も」
「フフフ…。アフル、アデリアから『魔法の鏡』を奪い返すのだ。そうすればナターシャと私の戦いの幕も引かれよう。急げ」
「はっ」
アフルがいなくなった後、誰もいない城で女が叫ぶ。
「アデリアといい、ナターシャと言い、なぜいつも私の邪魔をする? 奴らなど、魔物に食われてしまえばいい。この世で美しく、力のある女は、私だけで良いのよ。オーッホッホッホッ・・・・」
、良くやった
アーッハッハッハッ・・・・
すみません・・・その。あなたの姿だったものですから
「ゴメンく多彩」
雨
長雨の続いた日だった。ドアを開けると、紳士が立っている。
「」
雨が降っている
五日前から続いている雨は、今日も性懲りもなく降り続いている。
クロスは客足の衰えた神殿でひとり、つい先日のアデリアの家でのことを思い返していた。
ナターシャの看病生活から数週間。今度はアデリアが神殿に顔を出さなくなった。
魔女が野垂れ死のうがクロスには関係のない事だったが、作ると言われていた薬が来ないのは心配だ。こちらの行動も変わってくる。
「まったく…また看病生活なんてのは御免ですからね」
そう独りごちた後、すみやかにアデリアの家へと向かった。
天気は鬱々としており、今にも泣きだしそうな空だったが、外で仕事ができないほどではない。クロスは足早に彼女のもとへ向かった。
魔女の家が近付いてくると、楽しそうな女の嬌声が聞こえてきた。
(まさか、魔女のものか?)
恐る恐る近づくと、一組の男女が水辺で戯れている。
抱き合って、ダンスを踊っているようにも見えるが、それにしては激しく、なりふり構わぬといった感じだ。
声の主は、アデリアで間違いないようだった。背をのけぞらせ、淫らな服で男にもたれている。
もう一人の男は、貴族のような服を着ていた。貴族か、使用人かは分からないが、アデリアの知り合いなのだろうか。
(いや、知り合いどころではない。もっと親密な)
そこまで考えていると、男が口を開いた。
「僕の可愛いアデリア。ねえ、今日は泊まらせてくれ。いいだろう?」
男は彼女の頬に口を近づける。彼女はくすぐったいというように笑う。
クロスは、自分がここにいる必要はないように思えてきた。だが、本能的に男の正体が気になり、動けずにいた。
(ここにいると知られたら、どうなるだろうか)
羞恥で照れるか、弱みに握られたと青くなるだろうか。出て行って、雰囲気をぶち壊してやりたいような気持ちにもなってきた。
(人が心配してやったのに、男とお楽しみだったのか)
クロスは、自分で気付かないうちに怒りを覚えていた。この土地には一人で来て、自分が一番互角に渡り合える相手であるように解釈していたのだが、それは大きな間違いだった。それに気付くと、きゅうに顔が熱くなり、自分にいら立った。
「あなたの願いなら、何でも聞くわ、アフル」
「本当に? じゃあ、あの鏡をくれる?」
「もちろんよ。鏡も、私も、あなたのものだわ」
(帰ろう。ここにいる理由はない。奴に気を掛ける必要も)
クロスは、物音を立てぬように慎重に重い腰を上げた。二人の笑い声をふり払うように、神殿へと戻ってきた。
雨はすぐに降り始め、それから数日、雨はまだ降り続いている。
クロスは、冷め切ったうすい紅茶を口に含み、ため息を漏らした。
実のところ、張り合いのある相手が来たと、少しばかり色めき立っていたのかもしれない、とクロスは後悔した。
薬草の話も、戦いの話も、冒険者でも、ナターシャでも、物足りなく感じていた。彼女は、俺と似た者のような感じがし、勝手にライバル視していたように思う。
なにか、心に穴を開けられたように、数日は上の空だった。
――魔女ごときに。そう思っても、天気のせいか、憂鬱な気分が晴れなかった。
いっそ、神官をやめて、もっと面白い冒険でもしようかと考えるくらいには。
――「奴」がやって来たのは、日も落ち切った、しんと冷える夜半だった。
ベルの音で聖堂に向かうと、そこには例の男が立っていた。
貴族のような上品な服。落ちくぼんだ目。うろんげな瞳。生気のない男だった。
(これが魔女の相手か。お似合いだな)
「夜分遅くにすみませんね」
「神殿になにか御用ですか?」
「神殿に御用でしたら、昼にまた来ていただけますか?」
クロスの問いののち、わずかな静寂が漂った。
奴はふと笑った。
「何、神などに興味はない。私が用があるのは、あんただよ、神父殿」
「私ですか。こんな夜中でないと言えない話ですかね」
「幾つか仕事を持ってきた。悪い話じゃないはずさ」
男の口が、ニイと不気味に笑った。
五日前から続いている雨は、今日も性懲りもなく降り続いている。
クロスは客足の衰えた神殿でひとり、つい先日のアデリアの家でのことを思い返していた。
ナターシャの看病生活から数週間。今度はアデリアが神殿に顔を出さなくなった。
魔女が野垂れ死のうがクロスには関係のない事だったが、作ると言われていた薬が来ないのは心配だ。こちらの行動も変わってくる。
「まったく…また看病生活なんてのは御免ですからね」
そう独りごちた後、すみやかにアデリアの家へと向かった。
天気は鬱々としており、今にも泣きだしそうな空だったが、外で仕事ができないほどではない。クロスは足早に彼女のもとへ向かった。
魔女の家が近付いてくると、楽しそうな女の嬌声が聞こえてきた。
(まさか、魔女のものか?)
恐る恐る近づくと、一組の男女が水辺で戯れている。
抱き合って、ダンスを踊っているようにも見えるが、それにしては激しく、なりふり構わぬといった感じだ。
声の主は、アデリアで間違いないようだった。背をのけぞらせ、淫らにドレスを着崩し、男にもたれている。
もう一人の男は、貴族のような服を着ていた。貴族か、使用人かは分からないが、アデリアの知り合いなのだろうか。
(いや、知り合いどころではない。もっと親密な)
そこまで考えていると、男が口を開いた。
「僕の可愛いアデリア。ねえ、今日は泊まらせてくれ。いいだろう?」
男は彼女の頬に口を近づける。彼女はくすぐったいというように笑う。
クロスは、自分がここにいる必要はないように思えてきた。だが、本能的に男の正体が気になり、動けずにいた。
(ここにいると知られたら、どうなるだろうか)
羞恥で照れるか、弱みに握られたと青くなるだろうか。出て行って、雰囲気をぶち壊してやりたいような気持ちにもなってきた。
(人が心配してやったのに、男とお楽しみだったのか)
クロスは、自分で気付かないうちに怒りを覚えていた。この土地には一人で来て、自分が一番互角に渡り合える相手であるように解釈していたのだが、それは大きな間違いだった。それに気付くと、きゅうに顔が熱くなり、自分にいら立った。
「あなたの願いなら、何でも聞くわ、アフル」
「本当に? じゃあ、あの鏡をくれる?」
「もちろんよ。鏡も、私も、あなたのものだわ」
アデリアは、聞いたこともない声色で男に愛を囁いている。
(帰ろう。ここにいる理由はない。奴に気を掛ける必要も)
クロスは、物音を立てぬように慎重に、けれども急いで重い腰を上げた。二人の笑い声をふり払うように、神殿へと戻ってきた。
雨はすぐに降り始め、それから数日、雨はまだ降り続いている。
クロスは、冷め切ったうすい紅茶を口に含み、ため息を漏らした。
実のところ、張り合いのある相手が来たと、少しばかり色めき立っていたのかもしれない、とクロスは後悔した。
薬草の話も、戦いの話も、冒険者でも、ナターシャでも、物足りなく感じていた。彼女は、俺と似た者のような感じがし、勝手にライバル視していたように思う。
(別に、男がいたからと言って、彼女の実力が変わるわけではないが、それでも、なんだかつまらんな)
なにか、心に穴を開けられたように、数日は上の空だった。
――魔女ごときに。そう思っても、天気のせいか、憂鬱な気分が晴れなかった。
いっそ、神官をやめて、もっと面白い冒険でもしようかと考えるくらいには。
「奴」がやって来たのは、日も落ち切った、しんと冷える夜半だった。
ベルの音で聖堂に向かうと、そこに、例の男が立っている。
貴族のような上品な服。落ちくぼんだ目。うろんげな瞳。生気のない男だった。
(これが魔女の相手か。闇の者同士、お似合いだな)
「神殿に御用でしたら、昼にまた来ていただけますか?」
クロスの問いののち、わずかな静寂が漂った。
奴はふと笑った。
「何、神などに興味はない。私が用があるのは、あんただよ、神官殿」
「私ですか。こんな夜中でないと言えない話ですかね」
「幾つか仕事を持ってきた。悪い話じゃないはずさ」
男の口が、ニイと不気味に笑った。クロスはそれを受け戸惑いながらも、不敵な笑みを返してやった。
――転職するなら、今しかない。
五日前から続いている雨は、今日も性懲りもなく降り続いている。
クロスは客足の衰えた神殿でひとり、つい先日のアデリアの家でのことを思い返していた。
ナターシャの看病生活から数週間。今度はアデリアが神殿に顔を出さなくなった。
魔女が野垂れ死のうがクロスには関係のない事だったが、作ると言われていた薬が来ないのは心配だ。こちらの行動も変わってくる。
「まったく…また看病生活なんてのは御免ですからね」
そう独りごちた後、すみやかにアデリアの家へと向かった。
天気は鬱々としており、今にも泣きだしそうな空だったが、外で仕事ができないほどではない。クロスは足早に彼女のもとへ向かった。
魔女の家が近付いてくると、楽しそうな女の嬌声が聞こえてきた。
(まさか、魔女のものか?)
恐る恐る近づくと、一組の男女が水辺で戯れている。
抱き合って、ダンスを踊っているようにも見えるが、それにしては激しく、なりふり構わぬといった感じだ。
声の主は、アデリアで間違いないようだった。背をのけぞらせ、淫らにドレスを着崩し、男にもたれている。
もう一人の男は、貴族のような服を着ていた。貴族か、使用人かは分からないが、アデリアの知り合いなのだろうか。
(いや、知り合いどころではない。もっと親密な)
そこまで考えていると、男が口を開いた。
「僕の可愛いアデリア。ねえ、今日は泊まらせてくれ。いいだろう?」
男は彼女の頬に口を近づける。彼女はくすぐったいというように笑う。
クロスは、自分がここにいる必要はないように思えてきた。だが、本能的に男の正体が気になり、動けずにいた。
(ここにいると知られたら、どうなるだろうか)
羞恥で照れるか、弱みに握られたと青くなるだろうか。出て行って、雰囲気をぶち壊してやりたいような気持ちにもなってきた。
(人が心配してやったのに、男とお楽しみだったのか)
クロスは、自分で気付かないうちに怒りを覚えていた。この土地には一人で来て、自分が一番互角に渡り合える相手であるように解釈していたのだが、それは大きな間違いだった。それに気付くと、きゅうに顔が熱くなり、自分にいら立った。
「あなたの願いなら、何でも聞くわ、アフル」
「本当に? じゃあ、あの鏡をくれる?」
「もちろんよ。鏡も、私も、あなたのものだわ」
アデリアは、聞いたこともない声色で男に愛を囁いている。
(帰ろう。ここにいる理由はない。奴に気を掛ける必要も)
クロスは、物音を立てぬように慎重に、けれども急いで重い腰を上げた。二人の笑い声をふり払うように、神殿へと戻ってきた。
雨はすぐに降り始め、それから数日、雨はまだ降り続いている。
クロスは、冷め切ったうすい紅茶を口に含み、ため息を漏らした。
(アデリアに敵う人間は、俺くらいだと思っていた)
とんだ思い上がりをしていた自分を、殴りたい気持ちだった。
薬草の話も、戦いの話も、冒険者でも、ナターシャでも、物足りなく感じていた。彼女は、俺と似た者のような感じがし、勝手にライバル視していたように思う。
(別に、男がいたからと言って、彼女の実力が変わるわけではないが、それでも、なんだかつまらんな)
なにか、心に穴を開けられたように、数日は上の空だった。
――魔女ごときに。そう思っても、天気のせいか、憂鬱な気分が晴れなかった。
いっそ、神官をやめて、もっと面白い冒険でもしようかと考えるくらいには。
「奴」がやって来たのは、日も落ち切った、しんと冷える夜半だった。
ベルの音で聖堂に向かうと、そこに、例の男が立っている。
貴族のような上品な服。落ちくぼんだ目。うろんげな瞳。生気のない男だった。
(これが魔女の相手か。闇の者同士、お似合いだな)
「神殿に御用でしたら、昼にまた来ていただけますか?」
クロスの問いののち、わずかな静寂が漂った。
奴はふと笑った。
「何、神などに興味はない。私が用があるのは、あんただよ、神官殿」
「私ですか。こんな夜中でないと言えない話ですかね」
「きみにいい仕事がある。なに、簡単なことだ」
男の口が、ニイと不気味に笑った。クロスはそれを受け戸惑いながらも、不敵な笑みを返してやった。
――転職するなら、今しかない。
私が大きな間違いを犯したことに気付いたのは、薬が切れた三日後だった。
(大変だわ、大変だわ、大変だわ)
取るものも取らず、ただひたすらに神殿へ急ぐ。
ノックもせずにドアを開ければ、そこには見覚えのある人が居た。
「おや、もう愛しのボーイフレンドは帰ったんですか?」
「わ、わ、わ、わたくし、わたくし…操られていたんです!」
「操られていた?」
「鏡を…鏡を奪われて…!!このままでは、ゲームが始まってしまう!」
私は彼の胸倉を掴み、わなわなと震えた。
「落ち着いて下さい」
神父様は、興奮しきった私の肩に手を置き、懺悔室に案内した。
神父様に会えたことですこし冷静さを取り戻すと、自分がどれほどみすぼらしい格好をしているかに気が付いた。
ドレスはほとんど面積がないし、髪も情事の後のようにぼさぼさである。事実としては、情事も何も無かったが、元令嬢としては許されざる姿である。
きゅうに居たたまれなくなってしまったが、神父様はもう私の目の前に座ってしまっていた。
どうか、お化粧だけは崩れていませんようにと願った。
「それで、ゲームとは?」
「はい。あの、神父様は――転生を信じますか?」
私はすべてを彼に話した。
私が転生者であること、ナターシャとして何度も人生を体験した事があること。
そして、女王の部下アフルに薬を飲まされ、『魔法の鏡』を奪われてしまったこと。
「『魔法の鏡』は、知りたい」
(今、何を考えた?相手はあの魔女だぞ?)
動揺しているのか、支離滅裂な考えがよぎる。
(アデリアに敵う人間は、俺くらいだと思っていた)
とんだ思い上がりをしていた自分を、殴りたい気持ちだった。
深い意味はない。決してその感情に深い意味はない。
断じて
俺はそう言い聞かせ、息を整えた。
あ…あなたの姿で現れたから…油断したのです
頬を染めながらそう言うアデリアを見て、俺は少しホッとした。
油断されるほどに関係を築いていることが、心なしかむず痒い。
なぜか
心地いい
そんな気持ちを悟られぬよう咳払いをし、
すぐにその気持ちをふり払った。
かぶりをふり、
「どうしてそんなことを!!!」
むしゃくしゃしていた、などという理由は通じないだろう。
しかしあの日は、誰かに毒りんごでも食わせなければやってられないような気がしていたのだ。それにナターシャなら、毒だろうが神力で何とかするだろうという見込みもあった。
と、そんなことを言ったところで、アデリアが納得するはずもない。
「イベントはこなした
フラグは回収した
「神父様」
「何でしょう?」
「お顔が真っ赤ですわ」
なに見てるんです!?顔が赤いのがそんなにおかしいですか!?
透明になれるというのなら、彼女にこそ隠してほしかった。
「逃げましょう」
あなたと私なら、どんなところでもやっていけますよ
そ、それって、
「か、勘違いしないで下さい。共同戦線を張るだけですからね」
マルチエンドのゲームなのだから、こんな終わり方があってもいいじゃない。
ナターシャはりんこくに嫁いだらしい
本当に透明なのですか?
ええ、透明薬を飲んだ者同士はお互いの姿が見えるのです
公開プロポーズやるのわすれた
「神父様?そんな…」
「おいおい、よそ見するなよ。俺だけ見てろって」
なんだこいつ
私が大きな間違いを犯したことに気付いたのは、薬が切れた三日後だった。
(大変だわ、大変だわ、大変だわ)
取るものも取らず、ただひたすらに神殿へ急ぐ。
ノックもせずにドアを開ければ、そこには見覚えのある人が居た。
「おや、もう愛しのボーイフレンドは帰ったんですか?」
「わ、わ、わ、わたくし、わたくし…操られていたんです!」
「操られていた?」
「鏡を…鏡を奪われて…!!このままでは、ゲームが始まってしまう!」
私は彼の胸倉を掴み、わなわなと震えた。
「落ち着いて下さい」
神父様は、興奮しきった私の肩に手を置き、懺悔室に案内した。
神父様に会えたことですこし冷静さを取り戻すと、自分がどれほどみすぼらしい格好をしているかに気が付いた。
ドレスはほとんど面積がないし、髪も情事の後のようにぼさぼさである。事実としては、情事も何も無かったが、元令嬢としては許されざる姿である。
きゅうに居たたまれなくなってしまったが、神父様はもう私の目の前に座ってしまっていた。
どうか、お化粧だけは崩れていませんようにと願った。
「それで、ゲームとは?」
「神父様は――転生を信じますか?」
私はすべてを彼に話した。
私が転生者であること、ナターシャとして何度も人生を体験した事があること。
そして、女王の部下アフルに薬を飲まされ、『魔法の鏡』を奪われてしまったこと。
「『魔法の鏡』は、知りたいことなら何でも教えてくれるのです」
「それを魔王――いや、女王が手にすると、どうなるのです?」
「ナターシャが――ナターシャが…毒りんごを食べて、倒れます。『この世で一番美しい者』として、鏡はナターシャの名前を挙げ、女王はそれに嫉妬して、ナターシャに毒を盛るのです」
「それだけ? 世界の滅亡が早まるとかではないのですか」
「それ以上のことがどうなるかは分かりません。私はあくまでも、ナターシャの目線でしかこの世界のことを知りません」
「…なるほど」
ひとしきり話し終えると、ふたりは静寂に包まれた。
「それで…その話を」
私が大きな間違いを犯したことに気付いたのは、薬が切れた三日後だった。
(大変だわ、大変だわ、大変だわ)
取るものも取らず、ただひたすらに神殿へ急ぐ。
ノックもせずにドアを開ければ、そこには見覚えのある人が居た。
「おや、もう愛しのボーイフレンドは帰ったんですか?」
「わ、わ、わ、わたくし、わたくし…操られていたんです!」
「操られていた?」
「鏡を…鏡を奪われて…!!このままでは、ゲームが始まってしまう!」
私は彼の胸倉を掴み、わなわなと震えた。
「落ち着いて下さい」
神父様は、興奮しきった私の肩に手を置き、懺悔室に案内した。
神父様に会えたことですこし冷静さを取り戻すと、自分がどれほどみすぼらしい格好をしているかに気が付いた。
ドレスはほとんど面積がないし、髪も情事の後のようにぼさぼさである。事実としては、情事も何も無かったが、元令嬢としては許されざる姿である。
きゅうに居たたまれなくなってしまったが、神父様はもう私の目の前に座ってしまっていた。
どうか、お化粧だけは崩れていませんようにと願った。
「それで、ゲームとは?」
「神父様は――転生を信じますか?」
私はすべてを彼に話した。
私が転生者であること、ナターシャとして何度も人生を体験した事があること。
そして、女王の部下アフルに薬を飲まされ、『魔法の鏡』を奪われてしまったこと。
「『魔法の鏡』は、知りたいことなら何でも教えてくれるのです」
「それを魔王――いや、女王が手にすると、どうなるのです?」
「ナターシャが――ナターシャが…毒りんごを食べて、倒れます。『この世で一番美しい者』として、鏡はナターシャの名前を挙げ、女王はそれに嫉妬して、ナターシャに毒を盛るのです」
「それだけ? 世界の滅亡が早まるとかではないのですか」
「それ以上のことがどうなるかは分かりません。私はあくまでも、ナターシャの目線でしかこの世界のことを知りません」
「…なるほど」
ひとしきり話し終えると、ふたりは静寂に包まれた。
「それで…その話を」
私が大きな間違いを犯したことに気付いたのは、薬が切れた三日後だった。
(大変だわ、大変だわ、大変だわ)
取るものも取らず、ただひたすらに神殿へ急ぐ。
ノックもせずにドアを開ければ、そこには見覚えのある人が居た。
「おや、もう愛しのボーイフレンドは帰ったんですか?」
「わ、わ、わ、わたくし、わたくし…操られていたんです!」
「操られていた?」
「鏡を…鏡を奪われて…!!このままでは、ゲームが始まってしまう!」
私は彼の胸倉を掴み、わなわなと震えた。
「落ち着いて下さい」
神父様は、興奮しきった私の肩に手を置き、懺悔室に案内した。
神父様に会えたことですこし冷静さを取り戻すと、自分がどれほどみすぼらしい格好をしているかに気が付いた。
ドレスはほとんど面積がないし、髪も情事の後のようにぼさぼさである。事実としては、情事も何も無かったが、元令嬢としては許されざる姿である。
きゅうに居たたまれなくなってしまったが、神父様はもう私の目の前に座ってしまっていた。
どうか、お化粧だけは崩れていませんようにと願った。
「それで、ゲームとは?」
「神父様は――転生を信じますか?」
私はすべてを彼に話した。
私が転生者であること、ナターシャとして何度も人生を体験した事があること。
そして、女王の部下アフルに薬を飲まされ、『魔法の鏡』を奪われてしまったこと。
「『魔法の鏡』は、知りたいことなら何でも教えてくれるのです」
「それを魔王――いや、女王が手にすると、どうなるのです?」
「『この世で一番美しい者』として、鏡はナターシャの名前を挙げ、女王はそれに嫉妬して、ナターシャに毒を盛るのです」
「それだけ? 世界の滅亡が早まるとかではないのですか」
「逆です。ナターシャを通りがかった隣国の王子が救い、そこから戦争になります。そして魔王は討伐され――娘の私は処刑される」
そのとき、外から怒号がした。
「探せ! ここに逃げ込んだはずだ。魔女アデリアを捕らえろ! それから――神父クロスを!」
「こっちだ」
俺は彼女の手を引き、地下の調剤室へ立てこもる。
彼女は動転していて、話を聞ける様子じゃなかった。
「どうして、どうして!? ――どうしてあなたまで追われているの!?」
「そりゃ、ナターシャに毒を盛ったのは私ですから」
「何ですって!? だって、フラグは全て立てたはずなのに…」
「フラグ?」
「だって――看病したでしょう? ナターシャを!」
「ああ、しましたね」
「それから――階段からつき落とされて――ナターシャを受け止めたわよね!?」
「ありましたね、そんなことが」
「イベントをこなしたんだから、神官ルートに入ったんじゃないの!? なのに、なぜこんな…」
彼女の話をまとめると、どうやら俺がナターシャ――どうやら、彼女は女王に殺された前国王の娘だったらしい――に毒を盛って処刑されるのはお決まりのパターンだが、俺とナターシャが恋仲になっている場合だけは別らしい。そのためには仲を深めるのが一番と、アデリアはわざと俺の前に彼女を突き落としたと言うのだ。それは、アデリアがナターシャとして生きていたときにも、新女王の娘としてのアデリアがやっていた事らしい。
彼女は、貴族としての生活を捨ててまで、鏡を女王の手から隠し、ナターシャを――いや、ナターシャと俺を守ろうとしたと言う事なのか?
「何で、そこまで…」
「何で…? 好きだからですわ…あなたが好きだから…絶対に死んで欲しくなかった…だから…」
アデリアの目から、涙が伝う。
「こんな事なら、あなたをひと目見るために、ケソアッソーリに来なければよかった。鏡を持って、遠くに逃げれば良かったのよ。私はバカだわ」
「――ああ、あんたはバカだ。大バカだよ」
俺の暴言に、アデリアがはっとした顔で俺を見た。
ああ、もう、まったく。
「なんで俺なんかのためにそんな事をするんだ。俺は自分の事しか考えてないクソ野郎だ。」
「こっちだ」
俺は彼女の手を引き、地下の調剤室へ立てこもる。
彼女は動転していて、話を聞ける様子じゃなかった。
「どうして、どうして!? ――どうしてあなたまで追われているの!?」
「そりゃ、ナターシャに毒を盛ったのは私ですから」
「何ですって!? だって、フラグは全て立てたはずなのに…」
「フラグ?」
「だって――看病したでしょう? ナターシャを!」
「ああ、しましたね」
「それから――階段からつき落とされて――ナターシャを受け止めたわよね!?」
「ありましたね、そんなことが」
「イベントをこなしたんだから、神官ルートに入ったんじゃないの!? なのに、なぜこんな…」
彼女の話をまとめると、どうやら俺がナターシャ――どうやら、彼女は女王に殺された前国王の娘だったらしい――に毒を盛って処刑されるのはお決まりのパターンだが、俺とナターシャが恋仲になっている場合だけは別らしい。そのためには仲を深めるのが一番と、アデリアはわざと俺の前に彼女を突き落としたと言うのだ。それは、アデリアがナターシャとして生きていたときにも、新女王の娘としてのアデリアがやっていた事らしい。
彼女は、貴族としての生活を捨ててまで、鏡を女王の手から隠し、ナターシャを――いや、ナターシャと俺を守ろうとしたと言う事なのか?
「何で、そこまで…」
「何で…? 好きだからですわ…あなたが好きだから…絶対に死んで欲しくなかった…だから…」
アデリアの目から、涙が伝う。
「こんな事なら、あなたをひと目見るために、ケソアッソーリに来なければよかった。鏡を持って、遠くに逃げれば良かったのよ。私はバカだわ」
「――ああ、あんたはバカだ。大バカだよ」
俺の暴言に、アデリアがはっとした顔で俺を見た。
ああ、もう、まったく。
「俺なんかのためにそんな事をするなんて、とんだ間抜けだ。俺は自分の事しか考えてないクソ野郎だ。愛だの恋だの、ばかばかしい。薬を飲まされたんだか知らないが、あの野郎といい雰囲気だったじゃねえか。口が乾かぬうちに、今度は俺に鞍替えか」
「違います、あのとき――奴は、あなたに化けて近づいてきて…それで…油断したのです」
俺は口をつぐむ。頬を染めながらそう言うアデリアを見て、俺は動揺した。そんな気持ちを悟られぬようかぶりを振り、すぐにその気持ちをふり払った。
「――この場所が見つかるのは、時間の問題だ」
「神父様。どうか、私を殺してください。あなたは私に脅されてやったと証言するのです。私の首があれば、酌量があるに違いありません。私は、処刑されるくらいなら、私は――あなたの手で死にたい」
アデリアの冷たい手が、俺の手を包む。
俺はふうと息を吐き、覚悟を決めた。
「こっちだ」
俺は彼女の手を引き、地下の調剤室へ立てこもる。
彼女は動転していて、話を聞ける様子じゃなかった。
「どうして、どうして!? ――どうしてあなたまで追われているの!?」
「そりゃ、ナターシャに毒を盛ったのは私ですから」
「何ですって!? だって、フラグは全て立てたはずなのに…」
「フラグ?」
「だって――看病したでしょう? ナターシャを!」
「ああ、しましたね」
「それから――階段からつき落とされて――ナターシャを受け止めたわよね!?」
「ありましたね、そんなことが」
「イベントをこなしたんだから、神官ルートに入ったんじゃないの!? なのに、なぜこんな…」
彼女の話をまとめると、どうやら俺がナターシャ――どうやら、彼女は女王に殺された前国王の娘だったらしい――に毒を盛って処刑されるのはお決まりのパターンだが、俺とナターシャが恋仲になっている場合だけは別らしい。そのためには仲を深めるのが一番と、アデリアはわざと俺の前に彼女を突き落としたと言うのだ。それは、アデリアがナターシャとして生きていたときにも、新女王の娘としてのアデリアがやっていた事らしい。
彼女は、貴族としての生活を捨ててまで、鏡を女王の手から隠し、ナターシャを――いや、ナターシャと俺を守ろうとしたと言う事なのか?
「何で、そこまで…」
「何で…? 好きだからですわ…あなたが好きだから…絶対に死んで欲しくなかった…だから…」
アデリアの目から、涙が伝う。
「こんな事なら、あなたをひと目見るために、ケソアッソーリに来なければよかった。鏡を持って、遠くに逃げれば良かったのよ。私はバカだわ」
「――ああ、あんたはバカだ。大バカだよ」
俺の暴言に、アデリアがはっとした顔で俺を見た。
ああ、もう、まったく。そんな顔をするなよ。
「俺なんかのためにそんな事をするなんて、とんだ間抜けだ。俺は自分の事しか考えてないクソ野郎だ。愛だの恋だの、ばかばかしい。そもそも、薬を飲まされたんだか知らないが、あの野郎といい雰囲気だったじゃないか。口が乾かぬうちに、今度は俺に鞍替えか」
「違います、あのとき――奴は、あなたに化けて近づいてきて…それで…油断したのです」
俺は口をつぐむ。頬を染めながらそう言うアデリアを見て、俺は安堵した。そんな気持ちを悟られぬようかぶりを振る。
「――この場所が見つかるのは、時間の問題だ」
「神父様。どうか、私を殺してください。あなたは私に脅されたと証言するのです。私の首があれば、酌量があるに違いありません。私は、処刑されるくらいなら――あなたの手で死にたい」
アデリアの冷たい手が、俺の手を握る。
俺はふうと息を吐き、その手を握り返した。
五日前から続いている雨は、今日も性懲りもなく降り続いている。
クロスは客足の衰えた神殿でひとり、つい先日のアデリアの家でのことを思い返していた。
ナターシャの看病生活から数週間。今度はアデリアが神殿に顔を出さなくなった。
魔女が野垂れ死のうがクロスには関係のない事だったが、作ると言われていた薬が来ないのは心配だ。こちらの行動も変わってくる。
「まったく…また看病生活なんてのは御免ですからね」
そう独りごちはしたが、弱ったアデリアを軽くからかってやろう、などと、無意識に上機嫌で森にある彼女の家へと向かった。
天気は鬱々としており、今にも泣きだしそうな空だった。森の中は夜中と見まごうほどに暗い。だが、外で仕事ができないほどではない。クロスは足早に彼女のもとへ向かった。
魔女の家が近付いてくると、楽しそうな女の嬌声が聞こえてきた。
(まさか、魔女のものか?)
恐る恐る近づくと、一組の男女が水辺で戯れている。
抱き合って、ダンスを踊っているようにも見えるが、それにしては激しく、なりふり構わぬといった感じだ。
声の主は、アデリアで間違いないようだった。背をのけぞらせ、淫らにドレスを着崩し、男にもたれている。
もう一人の男は、貴族のような服を着ていた。貴族か、使用人かは分からないが、アデリアの知り合いなのだろうか。
(いや、知り合いどころではない。もっと親密な)
そこまで考えていると、男が口を開いた。
「僕の可愛いアデリア。ねえ、今日は泊まらせてくれ。いいだろう?」
男は彼女の頬に口を近づける。彼女はくすぐったいというように笑う。
クロスは、自分がここにいる必要はないように思えてきた。だが、本能的に男の正体が気になり、動けずにいた。
(ここにいると知られたら、どうなるだろうか)
羞恥で照れるか、弱みに握られたと青くなるだろうか。出て行って、雰囲気をぶち壊してやりたいような気持ちにもなってきた。
(人が心配してやったのに、男とお楽しみだったのか)
クロスは、自分で気付かないうちに怒りを覚えていた。この土地には一人で来て、自分が一番互角に渡り合える相手であるように解釈していたのだが、それは大きな間違いだった。それに気付くと、きゅうに顔が熱くなり、自分にいら立った。
「あなたの願いなら、何でも聞くわ、アフル」
「本当に? じゃあ、あの鏡をくれる?」
「もちろんよ。鏡も、私も、あなたのものだわ」
アデリアは、聞いたこともない声色で男に愛を囁いている。
(帰ろう。ここにいる理由はない。奴に気を掛ける必要も)
クロスは、物音を立てぬように慎重に、けれども急いで重い腰を上げた。二人の笑い声をふり払うように、神殿へと戻ってきた。
雨はすぐに降り始め、それから数日、雨はまだ降り続いている。
クロスは、冷め切ったうすい紅茶を口に含み、ため息を漏らした。
(アデリアに敵う人間は、俺くらいだと思っていた)
とんだ思い上がりをしていた自分を、殴りたい気持ちだった。
薬草の話も、戦いの話も、冒険者でも、ナターシャでも、物足りなく感じていた。彼女は、俺と似た者のような感じがし、勝手にライバル視していたように思う。
(別に、男がいたからと言って、彼女の実力が変わるわけではないが、それでも、なんだかつまらんな)
なにか、心に穴を開けられたように、数日は上の空だった。
――魔女ごときに。そう思っても、天気のせいか、憂鬱な気分が晴れなかった。
いっそ、神官をやめて、もっと面白い冒険でもしようかと考えるくらいには。
「奴」がやって来たのは、日も落ち切った、しんと冷える夜半だった。
ベルの音で聖堂に向かうと、そこに、例の男が立っている。
貴族のような上品な服。落ちくぼんだ目。うろんげな瞳。生気のない男だった。
(これが魔女の相手か。闇の者同士、お似合いだな)
「神殿に御用でしたら、昼にまた来ていただけますか?」
クロスの問いののち、わずかな静寂が漂った。
奴はふと笑った。
「何、神などに興味はない。私が用があるのは、あんただよ、神官殿」
「私ですか。こんな夜中でないと言えない話ですかね」
「きみにいい仕事がある。なに、簡単なことだ」
男の口が、ニイと不気味に笑った。クロスはそれを受け戸惑いながらも、不敵な笑みを返してやった。
――転職するなら、今しかない。
私が大きな間違いを犯したことに気付いたのは、薬が切れた三日後だった。
(大変だわ、大変だわ、大変だわ)
取る物も取り敢えず、ただひたすらに神殿へ急ぐ。
ノックもせずにドアを開ければ、そこには見覚えのある人が居た。
「おや、もう愛しのボーイフレンドは帰ったんですか?」
「わ、わ、わ、わたくし、わたくし…操られていたんです!」
「操られていた?」
「鏡を…鏡を奪われて…!!このままでは、ゲームが始まってしまう!」
私は彼の胸倉を掴み、わなわなと震えた。
「落ち着いて下さい」
神父様は、興奮しきった私の肩に手を置き、懺悔室に案内した。
神父様に会えたことですこし冷静さを取り戻すと、自分がどれほどみすぼらしい格好をしているかに気が付いた。
ドレスはほとんど面積がないし、髪も情事の後のようにぼさぼさである。事実としては、情事も何も無かったが、元令嬢としては許されざる姿である。
きゅうに居たたまれなくなってしまったが、神父様はもう私の目の前に座ってしまっていた。
どうか、お化粧だけは崩れていませんようにと願った。
「それで、ゲームとは?」
「はい。神父様は――転生を信じますか?」
私はすべてを彼に話した。
私が転生者であること、ナターシャとして何度も人生を体験した事があること。
そして先日、女王の部下アフルに薬を飲まされ、『魔法の鏡』を奪われてしまったこと。
「『魔法の鏡』は、知りたいことなら何でも教えてくれるのです」
「それを魔王――いや、女王が手にすると、どうなるのです?」
「『この世で一番美しい者』として、鏡はナターシャの名前を挙げ、女王はそれに嫉妬して、ナターシャに毒を盛るのです」
「それだけ? 世界の滅亡が早まるとかではないのですか」
「逆です。ナターシャを通りがかった隣国の王子が救い、そこから戦争になります。そして魔王は討伐され、世界は平和を取り戻し――娘の私は処刑される」
そのとき、外から怒号がした。
「探せ! ここに逃げ込んだはずだ。魔女アデリアを捕らえろ! それから――神父クロスを!」
「こっちだ」
俺は彼女の手を引き、地下の調剤室へ立てこもる。
彼女は動転していて、話を聞ける様子じゃなかった。
「どうして、どうして!? ――どうしてあなたまで追われているの!?」
「そりゃ、ナターシャに毒を盛ったのは私ですから」
「何ですって!?」
「落ち着いて。何も殺すつもりだったわけではありません。渡された林檎に何か仕込まれているのは分かりましたが、彼女には神力がある。ほとんどの毒は無効ですよ」
「でも、食べさせたのは事実なのでしょう? そんなはずはないわ、だって、フラグは全て立てたはずなのに…」
「フラグ?」
「だって――看病したでしょう? ナターシャを!」
「ああ、しましたね」
「それから――階段からつき落とされて――ナターシャを受け止めたわよね!?」
「ありましたね、そんなことが」
「イベントをこなしたんだから、神官ルートに入ったんじゃないの!? なのに、なぜこんな…」
彼女の話をまとめると、どうやら俺がナターシャ――どうやら、彼女は女王に殺された前国王の娘だったらしい――に毒を盛って処刑されるのはお決まりのパターンだが、俺とナターシャが恋仲になっている場合だけは別らしい。そのためには仲を深めるのが一番と、アデリアはわざと俺の前に彼女を突き落としたと言うのだ。それは、アデリアがナターシャとして生きていたときにも、新女王の娘としてのアデリアがやっていた事らしい。
と言うことは、彼女は自分の意思で、貴族を捨て、魔女になったのだ。貴族としての生活を捨ててまで、鏡を女王の手から隠し、ナターシャを――いや、ナターシャと俺を守ろうとしたと言う事なのか?
「何で、そこまで…」
「あなたが好きだからですわ…神父様…絶対に死んで欲しくなかった…だから…」
アデリアの目から、涙が伝う。
「こんな事なら、あなたをひと目見るためだけに、ケソアッソーリに来なければよかった。鏡を持って、遠くに逃げれば良かったのよ。私はバカだわ」
「――ああ、あんたはバカだ。大バカだよ」
俺の暴言に、アデリアがはっとした顔で俺を見た。
ああ、もう、まったく。そんな顔をするなよ。俺がバカみたいじゃないか。
「俺なんかのためにそんな事をするなんて、とんだ間抜けだ。俺は自分の事しか考えてないクソ野郎だ。愛だの恋だの、ばかばかしい。そもそも、薬を飲まされたんだか知らないが、あの野郎といい雰囲気だったじゃないか。口が乾かぬうちに、今度は俺に鞍替えか」
言っていて、自分でもこれは嫉妬だと分かった。分かっても、口から出てきてしまった。
「違います! あのとき――奴は、あ…あなたの姿で現れたから…油断したのです」
俺は口をつぐむ。頬を染めながらそう言うアデリアを見て、俺は安堵した。そんな気持ちを悟られぬようかぶりを振る。
深い意味はない。断じてその感情に深い意味はない。
俺はそう言い聞かせ、息を整えた。
「――この場所が見つかるのは、時間の問題だ」
「神父様。どうか、私を殺してください」
「は?」
「あなたは私に脅されたと証言するのです。私の首があれば、酌量があるに違いありません。私は、処刑されるくらいなら――あなたの手で死にたい」
アデリアの冷たい手が、俺の手を握る。
俺はどうしたものかと迷ったが、ふうと息を吐き、その手を握り返した。
「そんなに死にたいなら、消えてしまえばいい」
これラストアフルとバトればいいんや
五日前から続いている雨は、今日も性懲りもなく降り続いている。
クロスは客足の衰えた神殿でひとり、つい先日のアデリアの家でのことを思い返していた。
ナターシャの看病生活から数週間。今度はアデリアが神殿に顔を出さなくなった。
魔女が野垂れ死のうがクロスには関係のない事だったが、作ると言われていた薬が来ないのは心配だ。こちらの行動も変わってくる。
「まったく…また看病生活なんてのは御免ですからね」
そう独りごちはしたが、弱ったアデリアを軽くからかってやろう、などと、緩む頬を引き締めながら森にある彼女の家へと向かった。
天気は鬱々としており、今にも泣きだしそうな空だった。森の中は夜中と見まごうほどに暗い。だが、外で仕事ができないほどではない。クロスは足早に彼女のもとへ向かった。
魔女の家が近付いてくると、楽しそうな女の嬌声が聞こえてきた。
(まさか、魔女のものか?)
恐る恐る近づくと、一組の男女が水辺で戯れている。
抱き合って、ダンスを踊っているようにも見えるが、それにしては激しく、なりふり構わぬといった感じだ。
声の主は、アデリアで間違いないようだった。背をのけぞらせ、淫らにドレスを着崩し、男にもたれている。
もう一人の男は、貴族のような服を着ていた。貴族か、使用人かは分からないが、アデリアの知り合いなのだろうか。
(いや、知り合いどころではない。もっと親密な)
そこまで考えていると、男が口を開いた。
「僕の可愛いアデリア。ねえ、今日は泊まらせてくれ。いいだろう?」
男は彼女の頬に口を近づける。彼女はくすぐったいというように笑う。
クロスは、自分がここにいる必要はないように思えてきた。だが、本能的に男の正体が気になり、動けずにいた。
(ここにいると知られたら、どうなるだろうか)
羞恥で照れるか、弱みに握られたと青くなるだろうか。出て行って、雰囲気をぶち壊してやりたいような気持ちにもなってきた。
(人が心配してやったのに、男とお楽しみだったのか)
クロスは、自分で気付かないうちに怒りを覚えていた。この土地には一人で来て、自分が一番互角に渡り合える相手であるように解釈していたのだが、それは大きな間違いだった。それに気付くと、きゅうに顔が熱くなり、自分にいら立った。
「あなたの願いなら、何でも聞くわ、アフル」
「本当に? じゃあ、あの鏡をくれる?」
「もちろんよ。鏡も、私も、あなたのものだわ」
アデリアは、聞いたこともない声色で男に愛を囁いている。
(帰ろう。ここにいる理由はない。奴に気を掛ける必要も)
クロスは、物音を立てぬように慎重に、けれども急いで重い腰を上げた。二人の笑い声をふり払うように、神殿へと戻ってきた。
雨はすぐに降り始め、それから数日、雨はまだ降り続いている。
クロスは、冷め切ったうすい紅茶を口に含み、ため息を漏らした。
(アデリアに敵う人間は、俺くらいだと思っていた)
とんだ思い上がりをしていた自分を、殴りたい気持ちだった。
薬草の話も、戦いの話も、冒険者でも、ナターシャでも、物足りなく感じていた。彼女は、俺と似た者のような感じがし、勝手にライバル視していたように思う。
(別に、男がいたからと言って、彼女の実力が変わるわけではないが、それでも、なんだかつまらんな)
なにか、心に穴を開けられたように、数日は上の空だった。
――魔女ごときに。そう思っても、天気のせいか、憂鬱な気分が晴れなかった。
いっそ、神官をやめて、もっと面白い冒険でもしようかと考えるくらいには。
「奴」がやって来たのは、日も落ち切った、しんと冷える夜半だった。
ベルの音で聖堂に向かうと、そこに、例の男が立っている。
貴族のような上品な服。落ちくぼんだ目。うろんげな瞳。生気のない男だった。
(これが魔女の相手か。闇の者同士、お似合いだな)
「神殿に御用でしたら、昼にまた来ていただけますか?」
クロスの問いののち、わずかな静寂が漂った。
奴はふと笑った。
「何、神などに興味はない。私が用があるのは、あんただよ、神官殿」
「私ですか。こんな夜中でないと言えない話ですかね」
「きみにいい仕事がある。なに、簡単なことだ」
男の口が、ニイと不気味に笑った。クロスはそれを受け戸惑いながらも、不敵な笑みを返してやった。
――転職するなら、今しかない。
五日前から続いている雨は、今日も性懲りもなく降り続いている。
クロスは客足の衰えた神殿でひとり、つい先日のアデリアの家でのことを思い返していた。
ナターシャの看病生活から数週間。今度はアデリアが神殿に顔を出さなくなった。
魔女が野垂れ死のうがクロスには関係のない事だったが、作ると言われていた薬が来ないのは心配だ。こちらの行動も変わってくる。
「まったく…また看病生活なんてのは御免ですからね」
そう独りごちはしたが、弱ったアデリアを軽くからかってやろう、などと、緩む頬を引き締めながら森にある彼女の家へと向かった。
天気は鬱々としており、今にも泣きだしそうな空だった。森の中は夜中と見まごうほどに暗い。だが、外で仕事ができないほどではない。クロスは足早に彼女のもとへ向かった。
魔女の家が近付いてくると、楽しそうな女の嬌声が聞こえてきた。
(まさか、魔女のものか?)
恐る恐る近づくと、一組の男女が水辺で戯れている。
抱き合って、ダンスを踊っているようにも見えるが、それにしては激しく、なりふり構わぬといった感じだ。
声の主は、アデリアで間違いないようだった。背をのけぞらせ、淫らにドレスを着崩し、男にもたれている。
もう一人の男は、貴族のような服を着ていた。貴族か、使用人かは分からないが、アデリアの知り合いなのだろうか。
(いや、知り合いどころではない。もっと親密な)
そこまで考えていると、男が口を開いた。
「僕の可愛いアデリア。ねえ、今日は泊まらせてくれ。いいだろう?」
男は彼女の頬に口を近づける。彼女はくすぐったいというように笑う。
クロスは、自分がここにいる必要はないように思えてきた。だが、本能的に男の正体が気になり、動けずにいた。
(ここにいると知られたら、彼女はどんな顔をするだろうか)
羞恥で照れるか、弱みに握られたと青くなるだろうか。それとも、邪魔をするなと怒るのか。なんだか、今すぐ出て行って、雰囲気をぶち壊してやりたいような気持ちにもなってきた。
(人が心配してやったのに、男とお楽しみだったのか)
クロスは、自分で気付かないうちに怒りを覚えていた。この土地には一人で来て、自分が一番互角に渡り合える相手であるように解釈していたのだが、それは大きな間違いだった。それに気付くと、きゅうに顔が熱くなり、自分にいら立った。
「あなたの願いなら、何でも聞くわ、アフル」
「本当に? じゃあ、あの鏡をくれる?」
「もちろんよ。鏡も、私も、あなたのものだわ」
アデリアは、聞いたこともない声色で男に愛を囁いている。
(帰ろう。ここにいる理由はない。奴らに気を掛ける必要も)
クロスは、物音を立てぬように慎重に、けれども急いで重い腰を上げた。二人の笑い声をふり払うように、やるせない気持ちで神殿へと戻ってきた。
雨はすぐに降り始め、それから数日、雨はまだ降り続いている。
クロスは、冷め切ったうすい紅茶を口に含み、ため息を漏らした。
(アデリアに敵う人間は、俺くらいだと思っていた)
とんだ思い上がりをしていた自分を、殴りたい気持ちだった。
薬草の話も、戦いの話も、冒険者でも、ナターシャでも、物足りなく感じていた。彼女は、俺と似た者のような感じがし、勝手にライバル視していたように思う。
(別に、男がいたからと言って、彼女の実力が変わるわけではないが、それでも、なんだかつまらんな)
なにか、心に穴を開けられたように、数日は上の空だった。
――魔女ごときに。そう思っても、天気のせいか、憂鬱な気分が晴れなかった。
いっそ、神官をやめて、もっと面白い冒険でもしようかと考えるくらいには。
「奴」がやって来たのは、日も落ち切った、しんと冷える夜半だった。
ベルの音で聖堂に向かうと、そこに、例の男が立っている。
貴族のような上品な服。落ちくぼんだ目。うろんげな瞳。生気のない男だった。
(これが魔女の相手か。闇の者同士、お似合いだな)
「神殿に御用でしたら、昼にまた来ていただけますか?」
つとめて穏やかにクロスが言うと、わずかな静寂が漂った。
奴はふと笑った。
「何、神などに興味はない。私が用があるのは、あんただよ、神官殿」
「私ですか。こんな夜中でないと話せない内容なのですかね」
「きみにいい仕事がある。なに、簡単なことだ」
男の口が、ニイと不気味に笑った。クロスはそれを受け戸惑いながらも、不敵な笑みを返してやった。
――転職するなら、今だと思った。
五日前から続いている雨は、今日も性懲りもなく降り続いている。
クロスは客足の衰えた神殿でひとり、つい先日のアデリアの家でのことを思い返していた。
ナターシャの看病生活から数週間。今度はアデリアが神殿に顔を出さなくなった。
魔女が野垂れ死のうがクロスには関係のない事だったが、作ると言われていた薬が来ないのは心配だ。こちらの行動も変わってくる。
「まったく…また看病生活なんてのは御免だからな」
そう独りごちはしたが、弱ったアデリアを軽くからかってやろう、などと考え、自然と緩む頬を引き締めながら森にある彼女の家へと向かった。
天気は鬱々としており、今にも泣きだしそうな空だった。森の中は夜中と見まごうほどに暗い。だが、外で仕事ができないほどではない。クロスは足早に彼女のもとへ向かった。
魔女の家が近付いてくると、楽しそうな女の嬌声が聞こえてきた。
(まさか、魔女のものか?)
恐る恐る近づくと、一組の男女が水辺で戯れている。
抱き合って、ダンスを踊っているようにも見えるが、それにしては激しく、なりふり構わぬといった感じだ。
声の主は、アデリアで間違いないようだった。背をのけぞらせ、淫らにドレスを着崩し、男にもたれている。
もう一人の男は、貴族のような服を着ていた。貴族か、使用人かは分からないが、アデリアの知り合いなのだろうか。
(いや、知り合いどころではない。もっと親密な)
そこまで考えていると、男が口を開いた。
「僕の可愛いアデリア。ねえ、今日は泊まらせてくれ。いいだろう?」
男は彼女の頬に口を近づける。彼女はくすぐったいというように笑う。
クロスは、自分がここにいる必要はないように思えてきた。だが、本能的に男の正体が気になり、動けずにいた。
(ここにいると知られたら、彼女はどんな顔をするだろうか)
羞恥で照れるか、弱みに握られたと青くなるだろうか。それとも、邪魔をするなと怒るのか。なんだか、今すぐ出て行って、雰囲気をぶち壊してやりたいような気持ちにもなってきた。
(人が心配してやったのに、男とお楽しみだったのか)
クロスは、自分で気付かないうちに怒りを覚えていた。この土地には一人で来て、自分が一番互角に渡り合える相手であるように解釈していたのだが、それは大きな間違いだった。それに気付くと、きゅうに顔が熱くなり、自分にいら立った。
「あなたの願いなら、何でも聞くわ、アフル」
「本当に? じゃあ、あの鏡をくれる?」
「もちろんよ。鏡も、私も、あなたのものだわ」
アデリアは、聞いたこともない声色で男に愛を囁いている。
(帰ろう。ここにいる理由はない。奴らに気を掛ける必要も)
クロスは、物音を立てぬように慎重に、けれども急いで重い腰を上げた。二人の笑い声をふり払うように、やるせない気持ちで神殿へと戻ってきた。
雨はすぐに降り始め、それから数日、雨はまだ降り続いている。
クロスは、冷め切ったうすい紅茶を口に含み、ため息を漏らした。
(アデリアに敵う人間は、俺くらいだと思っていた)
とんだ思い上がりをしていた自分を、殴りたい気持ちだった。
薬草の話も、戦いの話も、冒険者でも、ナターシャでも、物足りなく感じていた。彼女は、俺と似た者のような感じがし、勝手にライバル視していたように思う。
(別に、男がいたからと言って、彼女の実力が変わるわけではないが、それでも、なんだかつまらんな)
なにか、心に穴を開けられたように、数日は上の空だった。
――魔女ごときに。そう思っても、天気のせいか、憂鬱な気分が晴れなかった。
いっそ、神官をやめて、もっと面白い冒険でもしようかと考えるくらいには。
「奴」がやって来たのは、日も落ち切った、しんと冷える夜半だった。
ベルの音で聖堂に向かうと、そこに、例の男が立っている。
貴族のような上品な服。落ちくぼんだ目。うろんげな瞳。生気のない男だった。
(これが魔女の相手か。闇の者同士、お似合いだな)
「神殿に御用でしたら、昼にまた来ていただけますか?」
つとめて穏やかにクロスが言うと、わずかな静寂が漂った。
奴はふと笑った。
「何、神などに興味はない。私が用があるのは、あんただよ、神官殿」
「私ですか。こんな夜中でないと話せない内容なのですかね」
「きみにいい仕事がある。なに、簡単なことだ」
男の口が、ニイと不気味に笑った。クロスはそれを受け戸惑いながらも、不敵な笑みを返してやった。
――転職するなら、今だと思った。
「こっちだ」
俺は彼女の手を引き、地下の調剤室へ立てこもる。
彼女は動転していて、話を聞ける様子じゃなかった。
「どうして、どうして!? ――どうしてあなたまで追われているの!?」
「そりゃ、ナターシャに毒を盛ったのは私ですから」
「何ですって!?」
「落ち着いて。何も殺すつもりだったわけではありません。渡された林檎に何か仕込まれているのは分かりましたが、彼女には神力がある。ほとんどの毒は無効ですよ」
「でも、食べさせたのは事実なのでしょう? そんなはずはないわ、だって、フラグは全て立てたはずなのに…」
「フラグ?」
「だって――看病したでしょう? ナターシャを!」
「ああ、しましたね」
「それから――階段からつき落とされて――ナターシャを受け止めたわよね!?」
「ありましたね、そんなことが」
「イベントをこなしたんだから、神官ルートに入ったんじゃないの!? なのに、なぜこんな…」
彼女の話をまとめると、どうやら俺がナターシャ――どうやら、彼女は女王に殺された前国王の娘、つまりお姫様だったらしい――に毒を盛って処刑されるのはお決まりのパターンだが、俺とナターシャが恋仲になっている場合だけは別らしい。――その場合は俺は仕事を断り、仕方なくアフルが老婆に化け、ナターシャに林檎を渡すと言うのだが、だったら最初からそうしろよと思わないでもない――俺とナターシャを恋人にするには仲を深めるのが一番と、アデリアはわざと俺の前に彼女を突き落としたと言うのだ。それは、アデリアがナターシャとして生きていたときにも、新女王の娘としてのアデリアがやっていた事らしい。
「突き落とすとどうして仲が深まるんでしょうか」
「手当てとか致しますでしょう? 私という共通の敵を持つことで、仲間意識が芽生えるし…」
「そういうもんですかね」
「そういうもんですわ!」
待てよ。と言うことは、彼女は自分の意思で、貴族を捨て、魔女になったのだ。貴族としての生活を捨ててまで、鏡を女王の手から隠し、ナターシャを――いや、わざわざ、ナターシャと俺を守ろうとしたと言う事なのか?
「何で、そこまでして私を…」
「あなたが好きだからですわ…神父様…絶対に死んで欲しくなかった…だから…」
アデリアのまっすぐな瞳から、大粒の涙が伝う。
「こんな事なら、あなたをひと目見るためだけに、ケソアッソーリに来なければよかった。鏡を持って、遠くに逃げれば良かったのよ。私はバカだわ」
「――ああ、あんたはバカだ。大バカだよ」
俺の暴言に、アデリアがはっとした顔で俺を見た。
ああ、もう、まったく。そんな顔をするなよ。俺がバカみたいじゃないか。
「俺なんかのためにそんな事をするなんて、とんだ間抜けだ。俺は自分の事しか考えてないクソ野郎だ。愛だの恋だの、ばかばかしい。そもそも、薬を飲まされたんだか知らないが、あの野郎といい雰囲気だったじゃないか。口が乾かぬうちに、今度は俺に鞍替えか」
言っていて、自分でもこれは嫉妬だと分かった。分かっても、口から出てきてしまった。彼女の気持ちに触れ、俺の隠していた気持ちまで、掘り返される気分だった。
「違います! あのとき――奴は、あ…あなたの姿で現れたから…油断したのです」
俺は口をつぐむ。頬を染めながらそう言うアデリアを見て、俺は安堵した。そんな気持ちを悟られぬようかぶりを振る。
深い意味はない。断じてこの感情に深い意味はない。
俺はそう言い聞かせ、はずむ鼓動と息を整えた。
「――この場所が見つかるのは、時間の問題だ」
「神父様。どうか、私を殺してください」
「は?」
「あなたは、私に脅されたと証言するのです。私の首があれば、酌量があるに違いありません。私は、処刑されるくらいなら――あなたの手で死にたい」
アデリアの冷たい手が、俺の手を握る。
俺はどうしたものかと迷ったが、ふうと息を吐き、その手を握り返した。
「そんなに死にたいなら、消えてしまえばいい」
冷たい俺の声に、彼女はさあっと青くなった。
ナターシャが、ここのところ顔を出さない。
急に寒くなったので、体調でも崩したのだろうか。
ナターシャがどうなろうと俺はかまわないが、彼女は村の大切な食糧源(の生産者)だ。かと言って見舞いに行こうにも、森の中では普通の人間はおいそれと見に行くこともできない。
「・・・だから、ね? 神父様。頼むよ。ほかの男じゃ、信用出来ないからさ」
村の食堂の店主がそう言って、俺に見舞いに行くように頼んできた。俺が護衛するのでいっしょに来るかと聞いたが、聞いただけでぶるってしまった。狼男のくせに、どうしてこう臆病なのか。
村の人々の見舞い品を持って、ナターシャの家まで歩く。
森の中に小さな小屋と井戸があり、なるほど畑には幾つかの作物が生えている。何の野菜なのか、俺にはあまり分からないが。
ナターシャの姿はない。小屋をノックしてみる。
「ナターシャ。私です。神官です」
返事がない。どこかに遠出しているのだろうか。もしかしたら、入れ違いになったという可能性もある。厩もなく、手掛かりになるようなものはない。まあ、女性の一人暮らしの家に厩があるはずがないが。
すると、物音がして、ドアが開いた。
ああ、やはり、顔が赤く、のぼせている。
「体調が悪いのですか?」
「ううう、ずみ゛ま゛ぜん…。迷子のうさぎさんの体を洗ってあげていたら、風邪を引いてしまって」
「入りますよ」
「えっ」
彼女の静止を聞き流しながら、小屋に入る。
隙間風だらけの、粗末な小屋だ。確か狩人が建てたと言っていたか。服や食器が散乱している。
「例の狩人は今どちらに?」
「ええと…、彼は死にました」
「死んだ?」
「その…色々あって」
病人から色々問い質す訳にもいかない。今はとにかく休んでもらおう。
「寝ていて下さい。何か作りましょう」
「え。そんな…」
「大丈夫、任せてください。手先は器用なんです。あなたは(村にとって)大事な人なんですから」
「ふえぇ…!?」
卵粥に、ミルクスープに、薬草を幾つか。あとはお見舞いにもらったお菓子をナターシャに食べさせた。
「今夜は外のサイロで休みます。何かあったら呼んでください」
「神父様」
「何でしょう」
「あ…ありがとうございます」
彼女の顔はまだ熱を帯びているようだ。俺はナターシャの頬に手を触れ、熱いことを確認した。ほうっと熱に浮かされた表情をするナターシャ。
「ほんとうに…罪作りな人」
「私が? 神のしもべである私が罪を犯す訳がないでしょう。変な人ですね」
きっと、熱に浮かされて意味不明な言葉を口走ったのだろう。彼女は困ったように笑い、眠りに落ちた。
無論、貧乏農家の家に長居する趣味はない。
「ったく、なんで俺がこんなこと…」
とぼやきつつ、村の生命線のために、狭い納屋生活がその後2日も続いた。
ナターシャが、ここのところ顔を出さない。
急に寒くなったので、体調でも崩したのだろうか。
ナターシャがどうなろうと俺はかまわないが、彼女は村の大切な食糧源(の生産者)だ。かと言って見舞いに行こうにも、森の中では普通の人間はおいそれと見に行くこともできない。
「・・・だから、ね? 神父様。頼むよ。ほかの男じゃ、信用出来ないからさ」
村の食堂の店主がそう言って、俺に見舞いに行くように頼んできた。俺が護衛するのでいっしょに来るかと聞いたが、聞いただけでぶるってしまった。狼男のくせに、どうしてこう臆病なのか。
村の人々の見舞い品を持って、ナターシャの家まで歩く。
森の中に小さな小屋と井戸があり、なるほど畑には幾つかの作物が生えている。何の野菜なのか、俺にはあまり分からないが。
ナターシャの姿はない。小屋をノックしてみる。
「ナターシャ。私です。神官です」
返事がない。どこかに遠出しているのだろうか。もしかしたら、入れ違いになったという可能性もある。厩もなく、手掛かりになるようなものはない。まあ、女性の一人暮らしの家に厩があるはずがないが。
すると、物音がして、ドアが開いた。
ああ、やはり、顔が赤く、のぼせている。
「体調が悪いのですか?」
「ううう、ずみ゛ま゛ぜん…。温泉を掘り当てたので、調子に乗って長湯したら風邪を引いてしまって」
何ともナターシャらしい理由である。
「入りますよ」
「えっ」
彼女の静止を聞き流しながら、小屋に入る。
隙間風だらけの、粗末な小屋だ。確か狩人が建てたと言っていたか。服や食器が散乱している。
「例の狩人は今どちらに?」
「ええと…、彼は死にました」
「死んだ?」
「その…色々あって」
彼女がもごもごと濁す。病人から色々問い質す訳にもいかない。今はとにかく休んでもらおう。
「寝ていて下さい。何か作りましょう」
「え。そんな…」
「大丈夫、任せてください。手先は器用なんです。あなたは(村にとって)大事な人なんですから」
「ふえぇ…!?」
卵粥に、ミルクスープに、薬草を幾つか。あとはお見舞いにもらったお菓子をナターシャに食べさせた。
「今夜は外のサイロで休みます。何かあったら呼んでください」
「神父様」
「何でしょう」
「あ…ありがとうございます」
彼女の顔はまだ熱を帯びているようだ。俺はナターシャの頬に手を触れ、熱いことを確認した。ほうっと熱に浮かされた表情をするナターシャ。
「ほんとうに…罪作りな人ですね」
「私が? 神のしもべである私が罪を犯す訳がないでしょう。変な人ですね」
きっと、熱に浮かされて意味不明な言葉を口走ったのだろう。彼女は困ったように笑い、眠りに落ちた。こうして見れば、彼女は町娘らしからぬ美貌の持ち主と気付くことができる。雪のように白い肌と髪、ぷっくりと形よく血色のある唇は、どんな男も虜にするに違いない。
無論俺は違うし、貧乏農家の家に長居する趣味はない。彼女の美しい顔から視線を上げ、ひとつため息をついた。
「ったく、なんで俺がこんなこと…」
とぼやきつつ、村の生命線のために、狭い納屋生活がその後2日も続いたのだった。
看病の日々から数日。村の寒さも本格的になってきた。
俺はと言うと、アデリア対策の術をあれこれ考えて、寝不足の日々を送っている。
「きゃっ」
買い出しを終え、神殿に向かう階段を登りかけた時、その声は聞こえた。
見ると、ナターシャがこちらへ降ってくる。
よけるわけにもいかないので、俺はあわてて受け止める。ふわりと、なびく髪から甘い香りがした。
ナターシャがドジと言うのは周知の事実だが、ここまでドジとは。打ち所が悪ければ、このまま神の身許へ旅立つところだった。
「大丈夫ですか?」
「し、神父様、ありがとうございます…」
俺の腕の中で顔を真っ赤にし、小鹿のように震えるナターシャが言った。
「気を付けて下さいね、ここの階段は急ですから」
「後ろから、誰かに押されて…」
それを聞いた瞬間、俺ははっとして上を見上げた。
反射的に黒い髪の女を探す。
だが、そこには誰もいなかった。それでも、何者かの鋭い視線を感じる。
気のせいであれば良いのだが。
――場所は移り、ここは魔王城。
すらりと背の高く、美しい女が入ってくる。
黒のドレスに真っ赤な唇、誰が見ても市井の女ではなさそうだった。
「魔王様」
腹心の部下アフルが報告する。
「お嬢様――アデリア様の居場所を掴みました」
「ほう、良くやった」
「どうやら城下の森に住み付いているようです」
魔王――いや、女王は、手に持っている林檎をぐしゃりと潰す。
「アデリア…。私から『魔法の鏡』を隠した挙句、この地位まで奪おうと言うのか? フフフ、まあ良い、私が闇に葬ってやろう。豚の臓物を、ナターシャのものと偽った、あの狩人のようにな。それで、ナターシャの動向は」
「森で野菜などを育てているようです。聖なる力のせいで、それ以上のことは何も」
「フフフ…。アフル、急げ。アデリアから『魔法の鏡』を奪い返すのだ。そうすればナターシャと私の戦いの幕も引かれよう。」
「はっ」
アフルがいなくなった後、誰もいない城で女が叫ぶ。
「アデリアといい、ナターシャと言い、なぜいつも私の邪魔をする? 奴らなど、魔物に食われてしまえばいい。この世で美しく、力のある女は、私だけで良いのだ。オーッホッホッホッ・・・・」
看病の日々から数日。村の寒さも本格的になってきた。
俺はと言うと、アデリア対策の術をあれこれ考えて、寝不足の日々を送っている。
「きゃっ」
買い出しを終え、神殿に向かう階段を登りかけた時、その声は聞こえた。
見ると、ナターシャがこちらへ降ってくる。
よけるわけにもいかないので、俺はあわてて受け止める。ふわりと、なびく髪から甘い香りがした。
ナターシャがドジと言うのは周知の事実だが、ここまでドジとは。打ち所が悪ければ、このまま神の身許へ旅立つところだった。
「大丈夫ですか?」
「し、神父様、ありがとうございます…」
俺の腕の中で顔を真っ赤にし、小鹿のように震えるナターシャが言った。
「気を付けて下さいね、ここの階段は急ですから」
「後ろから、誰かに押されて…」
それを聞いた瞬間、俺ははっとして上を見上げた。
反射的に黒い髪の女を探す。
だが、そこには誰もいなかった。それでも、何者かの鋭い視線を感じる。
気のせいであれば良いのだが。
――場所は移り、ここは魔王城。
すらりと背の高く、美しい女が入ってくる。
黒のドレスに真っ赤な唇、誰が見ても市井の女ではなさそうだった。
「魔王様」
腹心の部下アフルが報告する。
「お嬢様――アデリア様の居場所を掴みました」
「ほう、良くやった」
「どうやら城下の森に住み付いているようです」
魔王――いや、女王は、手に持っている林檎をぐしゃりと潰す。
「アデリア…。私から『魔法の鏡』を隠した挙句、この地位まで奪おうと言うのか? それで、ナターシャの動向は」
「森で野菜などを育てているようです。聖なる力のせいで、それ以上のことは何も」
「フフフ…。アフル、急げ。アデリアから『魔法の鏡』を奪い返すのだ。そうすればナターシャと私の戦いの幕も引かれよう。」
「はっ」
アフルがいなくなった後、誰もいない城で女が叫ぶ。
「アデリアといい、ナターシャと言い、なぜいつも私の邪魔をする? 奴らなど、魔物に食われてしまえばいい。豚の臓物を、ナターシャのものと偽った、あの狩人のようにな。この世で美しく、力のある女は、私だけで良いのだ。アーッハッハッハッ・・・・」