氷河期に入った地球は凍てつく寒さで、けれど文明はけっこう進歩した。

 人々は家の中でインターネットを使って仕事をするのが当たり前になった。

 中には、食材も宅配してもらって、完全に家の中だけで生きている人もいる。

 「リモート結婚」というものが広がり、人はネット上だけでお見合いをし、結婚し、精子や卵子をトレードして子供を産むこともあったり、人工胎盤に産ませるケースも年々増加している。愛は触れ合わなくても育つ、と言うのが一般的な考え方だった。幼児保育専門の機関(チャイルドビル)が設立され、育児は「親」ではなく「専門家」に任せようという動きも見せている。

 これは、そんな新しい時代に傾きつつある日本で、配達の仕事をする女性の話。


 インターネット完結社会とは言え、生身で仕事をする人もやはり多少はいる。

 建物を作るのは機械だけど、その機械を制作・操作・保全するのは相変わらず人間だし、サーバーの管理は人工知能がやってくれるという訳でもない。

 ワープ装置が発明された訳でもないし、特に私達のような配達の仕事は、むしろ増える一方だ。

 こんな時代にわざわざ外に出て働くなんて、非効率とか、損とかいう人もいる。

 けど私は、たまたま、そういう仕事をしているだけで、別にこれを不満に思った事もない。昔から出歩くのが好きな子供だった。ずっと家に引き籠って生きるなんて、考えられない。

「えーと、渋谷区元町2-2-9…ここか」

 トラックから荷物を取り出す。

 妙に重くて大きい荷物だ。一人で運べないことは無いが、私以外の女性には無理かも知れない。

 家の前の回収箱には、もちろん入りそうもない大きさだった。

 私は玄関のチャイムを鳴らした。

「はい」

 若い女性の声だ。

「ミラクル運送です。荷物の受け取りをお願いします」

 カメラに向かって、社員証と額を翳す。企業IDがスキャンされ、向こうには偽りなく運送会社の人間だと伝わるはずだ。ちなみに額は保菌チェック。

 1分ほど寒空の下で待っていると、防寒用にぶ厚く設定されたドアが、重そうにギイと開いた。

「ご苦労様です。中まで運んでもらえるかしら。」

「伺っています」

 女性の配達員は、案外重宝される。こういった場合に、設置作業まで頼んでもらえるからだ。

 もちろん男性でも、女性に危害を加えるような愚かな真似をする社員はまずいないだろうが、女性にして見ればやはり安全だと思うのだろう。

 では私が本当に「安全」かと言うと、それはまた別の話なのだが。

「わぁ…」

 玄関を通され、私はバルコニーに隣接した温室に通された。

 大きな温室で、色とりどりの花が満開に咲いている。氷河期に生まれた私達にとって、草花と言うものは貴重なものだ。それをこんなに一気に見るというのは、そうそうないことである。

 植物園ではないようだから、趣味でやっているのだろうか。それか、花屋なのだろうか。店は見当たらないから、通販専門の。

「ここに置いて下さい」

「はい」

 どうやらこの荷物も、樹木かなにかのようだ。底のほうばかり妙に重いのは、植木鉢なのだろう。煉瓦の鉢は通気性が良いため、この時代でも根強い人気を誇っている。

 私はたくさんの植木鉢の群の隅にその箱を置いた。

「ありがとう、とても助かりました。女性なのに、凄いですね」

「ありがとうございます」

「そうだ、これ、良かったらもらって下さい。今作っていた、ポプリです。」

 彼女はテーブルから、ひとつの匂い袋を持って私に差し出した。

「え。そ。そんな。悪いです」

「良いの。直接渡せる人って少ないし。重い荷物を運んでもらったお礼よ」

 花の妖精みたいに綺麗な彼女は、それこそほころぶように笑ってみせた。

 ドクン、と胸が高鳴る。唾を飲み込み、必死に動揺を押し殺した。

「あ、そ、それでは、ありがたくいただきます。では失礼します」

「またお願いね、素敵な配達員さん」

 彼女の声は鈴の音のように、私の頭で鳴り続けていた。