だから、大学が同じってことすら、構内で鉢合わせるまで知らなかった。

 最初は、似てる別人だと思った。だって、すごく態度が悪い。

 言葉も乱暴で、ヤンキーみたいな人たちとつるんでた。顔は柔和なのに、勿体ない。

 けど、あたしに気付いて、びっくりして逃げたから、やっぱりあいつは星也なんだろう。

 あいつは泣き虫で、バカで、のんびり屋で、わがままで、どっちかと言うと「癒し系」のタイプだった。

 なんで、あんなふうになったのかは、分からない。いつから変わった? 思春期から? 反抗期から? いや、その頃の星也と話したこともある。そんな口調じゃなかった。よくわからない。双子? 二重人格? 大学デビュー?

 あたしもあたしで、奨学金のために勉強ばかりしてたから、高校生の頃はほとんど会ったことがない。その頃に何かあったのか?

 じめじめ湿った梅雨の夜。そんなことを考えながら、いつものようにぼんやりベランダを眺めてたら、やつがバルコニーに出てきた。あたしを捕捉して、手招きをする。

 じわっとした生ぬるい風が、肌にまとわりつく。

(こんなふうに、ベランダに出るのすら、何年ぶりやろう)

 何年ぶりでも、違和感はなかった。幼少期は、ほぼ毎日こうやって星也と話していたのだ。体が覚えている。

 あたしはそっと振り向いた。家族はテレビに夢中である。

 暖かくなった。もう、大学二年生の春だ。就職活動も始める時期。

 あっという間に大人になったんやね、あたしたち。

 久々に見る星也は、もう誰がなんと言おうと男の人だった。もう泣きわめかないし、奇声も発しない。なんかおしゃれなブラウスなんかを着てバルコニーに佇むその姿は、やっぱり王子様みたいだった。

(オレ様系にして、モテるとでも思ったんやろか)

「東京の大学に行ったと思ってたわ」

 あたしは努めて明るい声を出す。

「近くにいい大学があるやん。それに、俺がまだ住んどるのも知らんかったとか」

「生憎、あたしも忙しいんで、お隣さんの動向なんて知りませーん」

「優菜が通ってるち知っとったら、もっと早く会いに行ったとに」

「頼んでないから」

 あたしがぴしゃりと言うと、星也は黙った。

「なんであんなチャラい系にしとったん。一瞬ドッペルゲンガーかと思ったわ」

「俺、外ではあんな感じ」

「嘘。いつから?」

「小学校から」

 嘘だあ、とあたしが言いたくても、ヤツの顔は、なぜか悲痛そうだったので、飲み込んだ。

 男子にも色々、あるんやろか。

「…俺はさ」

 星也が先に口を開いた。

「こげな家に住んでるち、誰にも言ってなかとよ」

「え」

「コンプレックスたい、裕福なんが」

 裕福なのが、コンプレックス?

 そんな人おる?

「でも、私立やったし、みんな裕福やろ」

「私立じゃなか、国立たい」

 え。国立やったんや。知らんかった。

 こういうのは親伝てに聞いたりするのかもしれないが、うちは親の関わりが一切ない。

「だから、ありのままでいられるん、優那とだけったい」

 …んっ?

 えっ、待って何この流れ。

「俺は、優菜のこと」

「ちょっ、待て待て待て」

 何? 何言う気? 待った。

 まず「彼氏いるの?」とかそういう流れから変化球つけて聞けし。

 すでに壊れたはずの心臓が鼓動するのを感じる。

 あたしの頭はすでに「どうやって断ろう」ということでいっぱいだった。

 だって、アイツの隣になんか立てんもん――

「優菜のこと、まだ友達だと思ってるち…言うちゃいかんとか?」

「…あ、友達ね」

続く