赤い薔薇

 中学の頃の同級生からメッセージが届いた。

 頭のおかしいやつで、ずっとニートをして暮らしているクズだ。

 そのメッセージには「リーキーガット症候群」「副腎疲労症候群」「SIFO」などと病名が並べ立てられていたが、消化器科の父に聞いたところ「そんな病気は存在しない」ということだった。

 つまりこいつは嘘つきで、やる気がなくて、甘ったれのクズ野郎で、相手をする価値もないのだ。

 私の家は小さい頃から厳しく、あいつの家のように好きなことをできる家風ではない。引きこもれる家があるだけ羨ましいと言うものだ。もし私にそれが許されるのなら、あいつのように何の稼ぎもなく遊び耽らず、相応にデビューし、しっかりアーティストとして稼いで見せるのに。なんにせよ、あいつはせっかくのチャンスをモノにできない腹の立つ人間なのだ。

「発達障害」だと書いてあったが、あいつは成績優秀で生徒会長までやった奴だ。発達障害なんかのはずがないだろう。

 私は私で毎日の仕事と、空いた時間の趣味で忙しいのだ。こんな奴に構っている暇は一秒もない。

 はずなのに、なぜ私はこの男と二人でディズニーランドなぞに来ているのか?

 答えは簡単だ。私みたいなお堅い人間と二人でディズニーランドに来たがる男はいない。だが、私は本当はこういうものが大好きである。だから…だから、つい誘いに乗ってしまったのだ。

「ふふ、礒沼さん、可愛いですね」

 無理矢理カチューシャを付けられてそう言われ。私の顔は真っ赤になっていることだろう。

「こんなところ、職場の人にでも見られたら死ぬ」

「大丈夫、ここには知り合いはいませんよ」

なぜこの男が私の好みを知っているのかも分からないし、なぜ私を誘ったのかも分からないが、とにかくこの時間は不快ではない。むしろ、夢のような時間であった。

(何か壺とか売りつけられたりしないだろうな…)

 私は恐る恐る切り出すことにした。

「それで…今日は何の用だったんです?」

「え?」

「お金はないし、何も買う気はないですよ」

 それとも、男女の関係でも期待してる? それも、一夜限りの。

 私たちもいい年だ。その可能性はゆうにあり得る、と思った。むしろ、久々に女友達を誘う目的って、それしかないだろう。

「あー…そうですね…礒沼さんのお父さんって、消化器科の先生ですよね?」

「そうです」

「あの…良かったら健康相談に乗ってもらえないかなって」

「前も言いましたけど、そういったことは主治医に相談して下さい。あとから難癖付けられても困りますので」

「じゃあ、なんで今日来たの?あなたはずいぶん楽しそうに見えたけど。そのお礼にちょっと話くらい聞いてあげるだけだと思えば良いじゃない」

「…私、責任とか持てませんからね?あと、他言無用でお願いします。後々問題になりたくないので」

「礒沼さんはぼくを何だと思ってるのかなあ。そんな信用ないですか」

 ないですよ。

 私は無言でそう言いたげに見つめたが、彼は気付かないまま、鞄から1冊の本を取り出した。

 それは新書で、『発達障害は食事で治る!』と書いてある。

「これ、差し上げますから読んで下さい。それで、医療関係者から見た感想を伺いたくて」

「これは?貴方が書いたんですか?」

「だからあなたはぼくを何だと思ってるの?僕はそんな大層なことはしません。ただちょっと困っているひとりの患者なだけです」

 私は本を受け取る。

「この本の内容はまだ医学界に浸透していないらしくて、賛否両論と言われているみたいなんです。でも、素人には何が正しいのか分からないし、インターネットの情報も信用できないから。あなたしか頼れる人がいなくて。だから、お願いします」

 そう言われると、こちらも断りづらくなってくる。

「あ、ねえ、グーフィーと記念撮影できるみたいです。行きましょう」

「あっ、ちょっ…もう、仕方ないなぁ」

 でも今はとりあえず、この時間を楽しみたい。

+++

 本の内容は大体こんな感じだった。世界には「発達障害」という障害があり、それは腸の慢性疾患を引き起こしやすい。そして腸の疾患から免疫が低下し、アレルギー症状が起き、そのせいで「コルチゾール欠乏状態」になる人がいる。そうなると機能性低血糖や月経困難症など、原因不明の不調に悩まされる。それを治すためには、ビタミンDやビタミンB、そして低糖質食が大切であるという話だった。

(——つまり、彼はこの病気とずっと一人で戦ってきたという事?)

 私はずっと彼のことを誤解していたのかもしれない。

「読みました」

 次の休日。私は彼に本を返しながら伝えた。

「読みましたか?ありがとうございます。それで、どうでした?」

「大変興味深い内容でした。恐縮ながら、不勉強でして、真偽の程は分かりかねます」

「そうですか。いえ、読んでいただけただけ、僕は嬉しいです」

 彼は本をしまった。

「これでもずいぶん良くなったんです。いま、仕事を探していて、なにか僕でもできる仕事、知りませんか?」

「ないですね」

「家政婦とか雇う気ありません?両親ともに要支援、要介護で、もうお金がないんです。頼れるのはあなたしかいなくて…」

ここで、「生活保護でも受けとけば?じゃあ、さよなら」と言えるほど、私は鬼じゃない。

 とくにこんな可愛いお店に連れて来てもらっておいて、そんなことは言えない。かと言って紹介できる仕事がないのも事実だった。

「礒沼さん」

 彼の声で顔を上げる。彼の見せたスマホには、私の裏垢が表示されていた。

「これ、あなたですよね」

「………っ!」

 かああああっと、顔が熱くなる。

 私がコスプレしていることは、親姉弟も知らないのに、なぜこいつが知ってるのか?

「…なにが目的です?」

「いえ、目的なんて特にありませんよ。でも、もし良かったら、また僕とこうして遊んでもらえませんか。僕、礒沼さんと友達になりたいんです。改めて。だめですか?」

「………えっ、と」

「大丈夫。このことは誰にも言いません。僕、友達いないんですよ。ね?お願いします」

 この時私はあろうことか、この男ならあの服を着た私のことを褒めてくれるのではないかという、ある種の劣情が過ってしまう。

 この男を利用しても良いんじゃないかという、そんな自分の思惑に気付いて、私は背筋が凍った。

+++

「わぁ…すごく可愛いです。童話に出てくる魔法使いみたいです」

 次の休日、私は思い切って可愛らしい恰好をしてみた。とまよこは何でも褒めてくれる。分かっているけど確かめてみたくて、実際褒められると電撃を浴びたように嬉しくなってしまった。

(写真を見られるのと、生で見られるのとじゃこんなに違うのね…)

 彼の視線を浴びるたびに、自分の体の敏感な部分まで見られている気がして、思わず浮き足立ってしまう。

 今日は彼の家に来ているのだ。

 もちろん、「そういう目的」なんかじゃない。あくまでも作業療法士として、彼の自律神経などの状態をチェックしてあげるだけである。

 彼の部屋はガランとしていた。本棚も何もなく、ただクローゼットと机があるだけだ。

「じゃあ、うつ伏せになってください」

 言われた通り、彼はベッドにうつ伏せになった。

 私は神経と筋肉の様子を探る。確かにガチガチに固くなっており、こんなに固い人は見たことがないくらいだった。

「ガチガチに固くなってますね」

「あ…はい」

「ここ、感じますか?」

「えっと…は、はい」

「もしかして緊張してる?力抜いて良いのよ」

「………っ」

 ちょっと悪戯心が沸き、彼の腰を擽る。すると「ひっ」という声とともに体が跳ねた。

「い、礒沼さん、真面目にやってくださいよぉ」

「あら、ごめんなさい。そんなに嫌だった?」

「………嫌じゃ………ない……から困るんですよ」

「え?」

「礒沼さんって、彼氏いるんですか」

「………彼氏はいませんが、好きな人ならいますよ」

 彼の顔はよく見えなかったが、きっと赤くなっているに違いない。

「そう…ですよね。すみません、変なこと聞いて」

「………いえ。じゃ、前も診るので仰向けになって下さい」

「は、はい…」

 私はそのまま何も言わなかった。

 結局向こうからは指一本触れられぬまま、その日は別れた。

+++

 それからと言うもの、彼からのメッセージが来ていないか常に気にするようになってしまった。

 一日に少なくても3回は確認してしまう。

「また会いたい」という思いがぐるぐると頭を巡る。

(どうしよう、こんなこと初めてだ。どうしたら良いのか分からない………)

 寝ても覚めても、仕事中も考えてしまう。今まで恋と言うものを避けてきたぶん、その反動は大きかった。

(我慢できない…もっと見て欲しい。もっと一緒にいたい)

 気付けばまた彼の家の前に来ていた。

 無理矢理上がり込みたいくらいの気持ちを抑えてチャイムを鳴らす。

 彼はいつもの優しい笑顔で出迎えてくれた。

「礒沼さん…?」

「ごめん、迷惑だった?」

「と、とんでもない。さあ、上がってください」

+++

「今度、お見合いすることになったの」

 お茶を飲む彼の手が止まる。

「…あ、それは、おめでとうございます」

「まだ結婚が決まった訳じゃないから」

「もしかして、行きたくないんですか?」

「………」

「何だったら僕、彼氏のふりでもしましょうか?」

 違う。そうじゃない。

 そこまで言っておいて、なんでその先を言ってくれないのよとじれったくなる。

「じゃあ、お願いしようかな」

「やった!ご両親にご挨拶の準備をしないと」

「…ねぇ」

 私は低い声で尋ねた。

「私のこと、好き?」

「……えっと」

「恋愛的な意味で好きでしょう?」

「は、はい」

「じゃあ、なんで付き合ってくれって言わないの?」

「だ、だって、礒沼さんは僕のことが嫌いだから………」

 彼はしょんぼりと項垂れた。

 確かに、前は嫌いだった。クソ野郎だと思ってたし、嫉妬していた。

 けどいつの間にか頭から離れなくなって、会えば会ったで嬉しさでどうにかなりそうになる。

 そのうえ、こんな顔を見せられたら、私だって有頂天にもなる。

「じゃあ、私と結婚するのは嫌?」

「えっ、け、結婚ですか!?」

「あなたとならしてあげてもいいけど?」

「え、えええ!?」

「何よ。嬉しくないの?」

「う、嬉しいと言うか、頭の処理が追いついてないです」

「ふーん。嬉しくないんだ」

「嬉しいです!!!嬉しくてどうにかなりそうです!」

 彼は立ち上がって私の肩を掴んだ。

「ねえ、りゃんシー。今日の下着、どんなの履いてるか見たい?」

「………っ!!!」

「見たくないの?」

「そ、そのまえに結婚しませんか!?ほ、ほかの人に、そういうこと言わないでほしいから………!」

 彼が真剣な目で見つめてくる。

 燃え上がった恋心は、もう誰にも止められなかった。

「ダメよ」

「ど、どうして?」

「ここ、ガチガチに固くなってるもの」

 こうして彼の永年雇用先が決まった。




礒沼は実はチョロいという設定(ツンチョロ
これBLでもいけるんちゃうかな 女装趣味にすれば
ただ、男らしい女が内面全然違ったみたいな百合はおいしいのでそこをもっとかくかも
あと体調良くなったら私はお払い箱なの?という話を