久しぶりに集まった高校時代の友達との集まりで、帰りの方向が同じ市原君と電車で二人きりになった。
彼とはほとんど喋ったことがない。成績優秀で、生徒会役員もしていたし、いわゆる「エリート」の人だ。短大を出た私とは、何もかもが違っている。
気を遣ってくれているのか、さきほどから話題をくれる。自分のハマっている事とか、音楽の話とか。私はそれに興味のあるふりをして、うんうんと頷いていた。
すこし間を開けてから、市原君が問う。
「そう言えば、桜木さんと付き合ったって噂、本当なの?」
桜木さんとは、性同一性障害の女性で、私達の共通の友達だ。
私と彼女は幼馴染で、そこから何やかんやあって一旦は付き合ったのだが、彼女にフラれてしまった。まぁその話は長くなるので置いておくとして、私は当たり障りのない範囲で答えた。
「うん。でももう付き合ってないよ」
「そうなんだ。桜木さんのどんな所が好きだったの?」
「え? えっと…。優しいところかな」
「なるほど。確かにあいつ、バカ正直だしね」
彼は桜木さんに何か恨みでもあるのだろうか?
私が疑問に思っていると、彼は桜木さんへの愚痴を喋り出した。
性格が悪いとか、口が悪いとか、生意気だとか、挙句の果てには別れて正解だとも。確かに彼女はちょっと剽軽な喋り方をするし、言葉も足りないから誤解されやすいけど、本当は人一倍傷ついている人で、私は彼女に寄り添ってあげることができなかった。だから、フラれたのだが、確かにそういう人を突き放すところが、もしかしたら理解されにくい部分なのかな、と思った。だからって今私がここでその擁護をしたとして、彼の怒りは収まらないだろう。こういう時は同調しておくに越したことはないのだ。
「ゴメンね、こんな話。楽しくなかったよね」
「ううん、市原君も大変なんだね、お疲れ様」
「僕が言うのも何だけどさ、そうやって聞いてばっかりだと中身のない女だと思われるよ?」
「あっ…そうだね、ごめん」
「べつに謝らなくていいけどさ。じゃ、僕はこれで」
そう言って彼は電車を降りた。
その夜私は、彼の言ったことが頭から離れなかった。
「中身のない女かぁ………」
確かにその傾向はあるかな、と思う。流されやすいと言うか、優柔不断な面はある。昔から、あまり人と話すのは得意ではない。いつしか本気で他人と関わらなくなったな、と考えていた。
(…もしかしたら桜木さんも、私のそんなところが嫌になったのかも?)
例えそうだとしても、もう終わったことだけど。
私は市原君が言ってたゲームを検索してみた。
確か弟が持っていたはず。10年前のゲームで、カヌーで川下りするだけのゲームなのだが、これがなかなか難しくて面白いらしく、ハマっているらしい。
市原君はかなりのゲーマーらしく、なんと休日は一人でゲームセンターに入り浸るのだとか。それはそれで相当なオタクである。
(市原君って、思ってたより結構感情豊かだったな)
感情を表に出すのが少しだけ苦手な私は、それがちょっとだけ羨ましかった。
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『カヌーバトル』は、確かになかなか奥が深い。
途中で釣りゲームが始まったり、流木が落ちてきたり、カヌーが引っ掛かって動物に助けてもらったりしなきゃいけないのがゲームを面白くさせている。
それからと言うもの、私は市原君に色々なゲームを教えてもらった。
市原君は楽しそうに、そして時に厳しく私にやり方を教えてくれて、私たちはすっかりゲーム友だちになった。
「姉ちゃん、最近楽しそうだね」
「そ、そうかな?」
「彼氏でもできた?」
「ち、違うよ、ただの友達」
「まあ、姉ちゃん理想高いからな。現実にそうそうスパダリなんて居ないし、早いとこ身固めないと手遅れになるかもね」
「手遅れって、それ、どういう意味よ?」
弟は何も言わずにカレーを食べていた。
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『今度、ディナーに行かない?』
市原君から誘われたのは、11月の半ばのこと。
世間ではクリスマスに向けて告白ラッシュが続くけれど、市原君がそうとは限らない。
市原君と話すのはすごく楽しい。冗談も上手いし、ずっと喋っていたいと思える。寡黙な桜木さんとは真逆のタイプだ。それに、よく気がつくし、私の好きなものも把握してる。ゲーム好きと言っても引かないし、もしかしてお似合いかも?と思ったことも何回かあったけど、一流企業で働いてる彼とじゃ所詮生きる世界が違う。仕事も忙しいみたいだし、きっと社内でバリキャリを捕まえてみんなにお祝いされながら結婚するようなタイプだと思うんだ。そんな生活に巻き込まれるのもご免だし、だから私はあくまでもゲーム友だち。私はこの田舎から出るつもりはないよ。
待ち合わせ場所で待っていたのは、すごくお洒落をした彼だった。
そして悟った。これは告白されるのだと。
そして困った。どう断ろうかと…。
食事自体はさすがエリートの立てたプランで、何もかもがパーフェクトだった。
(すごい…スパダリだ…)
私はたじろぐ。このままでは彼のペースに吞まれてしまうのではないか。私はエリートの妻にはなりたくない。そういうのはゲームのなかのお話でじゅうぶんなのだ。そう言おうとしたとき、彼が口を開いた。
「仕事辞めたんだ」
………は?
開いた口が塞がらないでいると、彼が言った。
「普通の女は収入や地位ばかり気にする。でも君はそんなことは一切聞いてこなかったし、賭けてみようと思ったんだ。ねえ、僕とお店を開かない?小さいブックカフェでもさ」
「——でも——でも——あ、あなたはそれで本当に良いの?」
「良いよ。君の一番でいられるなら」
はわわわわと、顔が熱くなるのが分かる。
彼はいつも私の一枚上を行く。
ゲームだって、この現実だって。
私が頷くと、彼は子供みたいに笑った。